ぼくらは群青を探している
まるで、私と雲雀くんが付き合っているという外形を忘れてしまいそうなセリフだった。多分、陽菜から聞く限りの彼氏彼女の関係でいえば、本来的には、私と雲雀くんが二人でお祝いをするところだ。でも雲雀くんは桜井くんの誕生日を優先すると宣言しているし……、私も、二人を揃ってお祝いできるほうが何の蟠りも残らない。
……これがお試し期間の利点か。一般的に導き出されるルールに従わなくていい。
雲雀くんと桜井くんが一緒に誕生日を祝う理由を私は知らない。でもそれが二人の特別で、そして私にその特別が許されるのなら。
「……全然問題ない、というより、そうしたい。二人とも大事な友達だし」
「俺は彼氏だけどな」
「…………すいません」
雲雀くんは笑っているけれど、間違いなく愛想笑いだ。さすがの私も論理的にそうだということくらい理解したし、だからこそ本気で反省した。雲雀くんの言葉を借りれば、脊髄反射で友達宣言をしてしまった。本当に私のこういうところが最低だ。穴を掘って埋まりたい。
「まあお試しだからそれはどうでもいいといえばいいんだけど」雲雀くんは存外あっさりとした声で「だから水曜、三国のばあちゃんに晩飯の話しといて。別に晩飯食ってから来てもいいんだけど、遠いからだるいだろ」
「……晩ご飯どうするの?」
「作る」
「……二人って意外と器用だよね」
「そうかもな。なんかリクエストあれば聞くぞ」
なんでもないセリフだったのだけれど、目を細くして笑ったその顔が、可愛いとも綺麗とも違う、なんともいえない柔らかさを醸し出していてびっくりしてしまった。
「どうした?」
「……雲雀くん、普段不愛想だから、笑うとちょっとドキッとする」
優しい笑顔はたちまち引っ込んで、バツの悪そうな顔になった。その顔は何度か見たことがあって、当時は分からなかったけれど、きっと照れ隠しなのだろうと知る。
「…………お前意外と結構恥ずかしいって感情を知らねーよな」
「そう言う雲雀くんは意外と結構恥ずかしいって感情が顔に出るよね。可愛い」
ふふ、とちょっとだけからかうように笑ってしまった。確かにこういうときに私は優位なのかもしれないな、なんて──考えた瞬間、腕を強く引っ張られた。
何が起こったのか分からず、時間が止まったような奇妙な感覚をおぼえた。部活の掛け声が、喧噪が、遠くに聞こえている。誰もいないけど誰もいないわけではない校舎の中、たまたま私と雲雀くんしかいない廊下。きっと誰かが来ても死角になる柱の陰。
見た目と裏腹に厚い体。ワイシャツ越しでも熱い体温と速い心臓の音。頭と背中を押さえる温かい手。そのために体に触れている力強い腕。慣れた手つきの、それでもどこか遠慮したような、そんな違和感の残る抱き方。
ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が聞こえる。ベルガモットの香りがする。後頭部と背中から雲雀くんの手の体温が伝わってくる。
まるでその体温を伝染されたかのように、一気に顔が熱くなった。
ゆっくりと体が離された。後頭部に触れていた手はそのまま耳の輪郭を、そして指が頬に触れた。
雲雀くんは、まだほんのり赤いままの頬で、目を細めて悪戯っぽく笑った。
「仕返し」
……それは、あまりにも一足飛びの、狡い裏技だった。
普段あんなに大人っぽいくせに、現にこんなことをさらっとやってのけるくらいスマートなくせに、表情だけそんなに子供っぽく可愛いのは、いくらなんでも反則だ。
……これがお試し期間の利点か。一般的に導き出されるルールに従わなくていい。
雲雀くんと桜井くんが一緒に誕生日を祝う理由を私は知らない。でもそれが二人の特別で、そして私にその特別が許されるのなら。
「……全然問題ない、というより、そうしたい。二人とも大事な友達だし」
「俺は彼氏だけどな」
「…………すいません」
雲雀くんは笑っているけれど、間違いなく愛想笑いだ。さすがの私も論理的にそうだということくらい理解したし、だからこそ本気で反省した。雲雀くんの言葉を借りれば、脊髄反射で友達宣言をしてしまった。本当に私のこういうところが最低だ。穴を掘って埋まりたい。
「まあお試しだからそれはどうでもいいといえばいいんだけど」雲雀くんは存外あっさりとした声で「だから水曜、三国のばあちゃんに晩飯の話しといて。別に晩飯食ってから来てもいいんだけど、遠いからだるいだろ」
「……晩ご飯どうするの?」
「作る」
「……二人って意外と器用だよね」
「そうかもな。なんかリクエストあれば聞くぞ」
なんでもないセリフだったのだけれど、目を細くして笑ったその顔が、可愛いとも綺麗とも違う、なんともいえない柔らかさを醸し出していてびっくりしてしまった。
「どうした?」
「……雲雀くん、普段不愛想だから、笑うとちょっとドキッとする」
優しい笑顔はたちまち引っ込んで、バツの悪そうな顔になった。その顔は何度か見たことがあって、当時は分からなかったけれど、きっと照れ隠しなのだろうと知る。
「…………お前意外と結構恥ずかしいって感情を知らねーよな」
「そう言う雲雀くんは意外と結構恥ずかしいって感情が顔に出るよね。可愛い」
ふふ、とちょっとだけからかうように笑ってしまった。確かにこういうときに私は優位なのかもしれないな、なんて──考えた瞬間、腕を強く引っ張られた。
何が起こったのか分からず、時間が止まったような奇妙な感覚をおぼえた。部活の掛け声が、喧噪が、遠くに聞こえている。誰もいないけど誰もいないわけではない校舎の中、たまたま私と雲雀くんしかいない廊下。きっと誰かが来ても死角になる柱の陰。
見た目と裏腹に厚い体。ワイシャツ越しでも熱い体温と速い心臓の音。頭と背中を押さえる温かい手。そのために体に触れている力強い腕。慣れた手つきの、それでもどこか遠慮したような、そんな違和感の残る抱き方。
ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が聞こえる。ベルガモットの香りがする。後頭部と背中から雲雀くんの手の体温が伝わってくる。
まるでその体温を伝染されたかのように、一気に顔が熱くなった。
ゆっくりと体が離された。後頭部に触れていた手はそのまま耳の輪郭を、そして指が頬に触れた。
雲雀くんは、まだほんのり赤いままの頬で、目を細めて悪戯っぽく笑った。
「仕返し」
……それは、あまりにも一足飛びの、狡い裏技だった。
普段あんなに大人っぽいくせに、現にこんなことをさらっとやってのけるくらいスマートなくせに、表情だけそんなに子供っぽく可愛いのは、いくらなんでも反則だ。