ぼくらは群青を探している
 まだ熱の引かない顔のまま、雲雀くんの指を握って頬から外そうとして、指に全く力が入っていないことに気付いた。手首から先の力の入れ方を忘れてしまったみたいだ。

 しかも、何をどうやったのか、指の隙間がくすぐったいなんて感じている隙に雲雀くんの手に手をとられてしまった。


「え、え、ちょっと……」


 陽菜に習った、俗にいう恋人繋ぎで手のひらが触れ合う。ボッと火でもついたように顔が熱くなった。でも今度は狼狽しているのは私だけだ。雲雀くんはまるで(とうげ)を越せば何も感じなくなるかのように、しれっといつもの顔色に戻って、ただ依然として悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「言ったろ、三国のほうが優位だって。俺はそれをひっくり返すためならなんでもやるよ」


 ……いくら形式上は私が優位って言ったって、劣位を理由にこんなことをできるほうがずっと優位だというパラドックスが生じている気がしてならない。まさしく逆手に取られているという表現がぴったりくる。

 何か言って、雲雀くんの手から逃れたかった。でも何を言えばいいのか分からず、口をぱくぱくと開閉させるだけになってしまった。


「なん、でもって……」

「無理強いはしない」

「……雲雀くんは、そりゃ、しないだろうけど……」


 だめだ、じわじわと手が熱い。思考が止まる。まるで馬鹿になったみたいに、何も考えられなかった。辛うじて頭に浮かんだのは、あの血判状だ。


「……十一ヶ条の五番目、破ってない?」

「五番目……ってああ、AAAより手出すなってやつか。先輩見てないからセーフ」

「……そういう問題なのかな」


 喋って冷静になろうとした私とは裏腹に、雲雀くんはまるで悪戯後の子供のように知らん顔だった。

 能勢さんは単純接触原理なんて言ったけど、こんなことをされてたら、段々と好きになるほどの余裕はない。熱が引かない顔を、自由なほうの手で冷やした。大体──今教室に戻ったら桜井くんがいるのに、こんな顔で教室に戻れるはずがない。


「……とりあえず、その……、手は、離さない?」

「嫌?」

「イッ……」


 嫌じゃない、いや、それは嫌だという嫌悪感が取り立ててないことを言いたいだけであって取り立てて好んでいるわけでもない、いやそもそも、この際嫌かそうでないかは問題ではない、そうではなくて、その、試すような聞き方が恥ずかしいからやめてほしい。

 なんて恥ずかしいことを赤裸々に口にできるわけがなかった。顔を覆ったまま俯いて「……もう恥ずかしさが限界なので」と辛うじて口にすると、手は離れた。


「三国、手冷たいな」

「……冷え性だから」


 ああ、だめだ。だめだ、だめだ、だめだ。指に残った雲雀くんの体温を抱きしめるように、触れられていた手を手で覆った。

 きっと、このお試し期間が終わるのは時間の問題だ。

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