ぼくらは群青を探している
「でも、物を壊すわけでもないし、もともと参拝客なんていないし。俺達としても、長居して大騒ぎしても文句言われない場所なんて他にないから。ウィンウィンってやつだよ」

「……不法侵入ってやつじゃないですか?」

「誰でも入っていいのに俺達だけだめ? そんな法律ある?」


 能勢さんの笑顔に論破されて黙った。例えば神社に危害を加える人は立ち入り禁止とか……でもその判断は危害を加えてからでないとできないし、類型化は偏見と紙一重だし……やっぱり論理が通らなかった。でもやっぱり拝殿に座り込むのはいかがなものかと思うので、拝殿の下の石階段の端に座り込んだ。

 石階段はひんやりと冷たかった。木々の中からはカナカナカナカナとヒグラシの声も聞こえる。参道はうっすらと橙色に照らされ、夏の終わりの夕暮れらしい景色が目の前には広がっている。夏が終わるのは錯覚なんかじゃないらしい。


「ところで、雲雀くんと一緒には来なかったの?」

「学校に来るようなものですし、わざわざ待ち合わせる必要はないかと思いまして」

「彼氏と彼女でしょ。時間くらい聞けばいいのにって思ったんだけど」


 ……言われてみれば、確かにそうすればここで一人で待つ羽目にはならなかったのか。結果的に能勢さんがいるから退屈することにはならなかったとはいえ、そのほうが確実に退屈を回避することができた。


「……そういう発想はありませんでしたね。あんまり待ち合わせとかしないので」

「三国ちゃんらしいね。ま、雲雀くんも同じタイプだし、そんなもんか。君らは精神年齢高いから」


 そういう分析をしている能勢さんこそ、精神年齢が高いのではないだろうか。そんなことを思った傍から、能勢さんは煙草を取り出して火をつける。今日も能勢さんが座っているのは風下だった。


「……群青って、他に煙草を吸う方っていますっけ」

「どうだっけ。(なぎさ)はたまに吸ってるんだけど、俺に付き合って吸うくらいだし」

「三年生は?」

「三年はいたかなあ……。あー、庄内先輩とか? 昔吸ってたけど、今どうなんだろう。九十三先輩はお遊びで吸ってクソ不味いって二秒でやめてたよ。あの人らしいでしょ」


 九十三先輩らしさに笑いながらも、思考には(かげ)りが差す。……蛍さんの前で煙草を吸う人に、新庄以外の人間はいないのだろうか。結局、情報が零れてくるのを待つだけでは何も分からないのでは……。


「なに、三国ちゃん。なにか気になってることでもあるの?」

「……そういうわけではないんですけど」


 能勢さんへの疑いだって、晴れたわけではなかった。夏祭りの日、陽菜が狙われたのは、私と陽菜が一緒に夏祭りに出かけていると知っている人が誰かに情報を漏らしたに違いないから。

 でも能勢さんに嫌疑をかける理由は〝体が弱い〟と勘違いしていることだったのに、それはみんなが知っていることだった。しかもあの九十三先輩の口ぶり、蛍さんはずっと前から私のことを、そして〝体が弱い〟とされていることを知っていたに違いない。つまり、蛍さんがその情報を持っている原因と新庄との接触とは切り離して考えるべきだ。

 蛍さんが私の中学生のときの写真を持っていたことは謎だ。謎だけれど、それは本当に意味が分からないだけで、それ自体に何か意味があるものではない。

 群青の誰かに、新庄と繋がっている人がいる。それはきっと間違いない。でもそれが蛍さんと能勢さんかと言われると、二人に絞れるキーは、今となってはない。


「……なんで群青と深緋は仲が悪いのかなとか……」

「ああ、そんなこと。簡単な昔話だよ」


 ふ、と能勢さんは笑みと紫煙(しえん)を吐き出す。


「最初は群青と深緋は同じチームだったんだ」


 ……それは初耳だ。
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