ぼくらは群青を探している
「三国、ゴールデンウィーク、なにやってんの?」

「えー……と、本読んだり、ピアノ弾いたり……?」

「ピアノ弾けんの?」

「ちょっとだけ」

「すげー! じゃ、今度あれ弾いてよ、『フロッカーズ』の主題歌の」


 桜井くんが言っているのは月9ドラマのことだ。見たことはないけれど、音楽番組でその主題歌が特集されているのは見たことがある。主題歌のタイトルは『ありし日の愛し合い』。ピアノで弾けそうなバラードだった。


「楽譜があれば練習するんだけど」

「んァ」


 音楽をやっている人間からすれば、それはごく当然のことだったのだけれど、桜井くんの反応はそうではない。ということは、桜井くんは音楽にさっぱり縁がないのだろう。


「ほら、あの主題歌って、ピアノだけじゃなくて、ヴァイオリンとかビオラの音も入ってるでしょ? だからピアノ用にアレンジされた楽譜が必要で」

「あー……。うーん、俺、ピアノの音以外分かんねーから。そっか、そういうのが要るのかあ。じゃ楽譜持ってったら弾いてくれる?」


 持って行くってどこに? まさか家に? 頭にはおばあちゃんの家に桜井くんがやってくる図が浮かんだ。アップライトピアノが置いてあるのは、和室ばかりの家の隅っこにある洋室で、私の部屋だ。私の部屋に桜井くんが来る……。

 頭の中にある自分の部屋の図に桜井くんを合成してみる。違和感があるといえばあるけど、ないといえばない光景だった。


「……いいけど、練習してからね」

「あ、マジ?」


 頷けば、桜井くんの顔は目に見えて輝いた。丸い目を見開き、口角が自然に上がり、白い歯が覗く。それこそ、私にも分かるくらい嬉しそうな表情だった。


「約束な! その楽譜探すから!」

「……いい、けど」


 そんなに気に入った曲なの? と聞こうとして、浜辺にいる荒神くんから「おーっす、みくにー!」と声をかけられたので口を(つぐ)んだ。

 荒神くんはやけに目立つ朱色の、そしてゆるっとしたティシャツを着ていて、ジーパンの裾を膝あたりまで折っている。対する雲雀くんは、黒いスキニーにネイビーのティシャツと全体的に暗い。夜の海だったらそのまま同化していそうな恰好だけど、辛うじて銀髪のお陰で目立っている。スキニーの裾は気持ち折ってある程度で、濡れるのは諦めたようだ。

 雲雀くんは、私の存在に気付くと顔を向けたけれど、荒神くんと違って手を振ったりはしない。代わりにその手には砂まみれのビーチボールが載っている。

 浜辺に降りる階段にパーカーやらスニーカーやらが置いてあったので、ボディバッグはそこに置いた。私がそんなことをしている隙に雲雀くんと荒神くんはビーチボールでドッジボールを始めている。


「え……えっと、なに? ドッジやるの?」

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