ぼくらは群青を探している
「そういえばそんなこともあったけど、今ノーカンだよねって言ったのは蛍さんのほう。ほら、バイクから降ろしてくれたから」

「……そういえばそんなこともあったな」


 それでもなお雲雀くんの表情に納得の色は見えない。なんならまた長く沈黙した。リーンリーンとひっきりなしに鳴く鈴虫のほうが私の話し相手なのかと勘違いする人がいてもおかしくないくらい、長い沈黙だった。

 ややあって、その鈴虫の鳴き声に紛れて口を開くリップ音が聞こえた。


「……めちゃくちゃ話変わるけど黒烏の件は首突っ込むなよ」


 ……本当にめちゃくちゃ話が変わったな……。そんなに私が何かしそうに見えるかな……。


「……首を突っ込むなって言われても、ほら、私も群青の一員ではあるわけだし」

「蛍さんが言ってた証拠の捏造とかすんなよ。俺は協力しねーからな」


 ……確かに、仮に協力を依頼するなら雲雀くんしかいないと思っていた。

 きっと、その思考を見透かされたわけではない。証拠を捏造する以上、自分以外の人間の手を映す必要があって、その協力をするのに最適なのが「彼氏」の立場の人間だなんて、誰でも辿(たど)りつく合理的な結論だった。

 でも、私と雲雀くんの関係性に鑑みれば、そんなのはただの「利用」でしかないから、そんな提案ができるはずはなかった。だから、単純に怖くてできないというのもあったけれど、その意味でもその方策は私の中で却下されていた。


「……でも、証拠自体は嘘でも、事実は本当なんだから」

「捏造がどうこう言ってんじゃねーんだよ、俺は。お前を()めたクズのためにお前がトラウマ掘り起こす必要ねーだろって言ってんだよ」


 ……これは怒られてる? 雲雀くんの声が少し荒っぽいのは時々あることなので判別がつかなかった。


「……別にトラウマってほどじゃ」

「泣きついてきたヤツがなにを」

「……泣いてはなかった」

「そういう話じゃない、言葉の綾だよ」

「でも泣いてないのは事実」

「んじゃ抱き着いて離れなかったって言えばいいのか」


 それを言われるとぐっと押し黙るしかなかった。それは事実で否定できない。


「それは……そうかもしれないし、あの場で恐怖を感じてたことは否定はしないし、それにかこつけて雲雀くんに頼りきりになったことも悪かったとは思ってるけど」

「別に悪くねーけど」

「でもそれと恐怖の刷り込みは別で、そんなにトラウマっていうほどの……心理的外傷とか、そう言われるほど大袈裟なものは感じてない、です」

「……んじゃ三国は適当な男に抱きしめられても平気な顔できんのかよ」

「……それは……変質者だよね、心的外傷があってもなくても怖いと感じると思う」

「いや俺が言いたいのはそういうことじゃねーよ!」


 びっくり、目を丸くしてぱちくりさせてしまった。心なしか鈴虫までリン……と鳴くのをやめてしまったような気がする、そのくらい突飛な怒鳴り声だった。

 雲雀くんも「しまった」と感じたかのように唇を噛んで、その顔を広げた手で覆い隠してしまった。


「……九十三先輩の悪ふざけなら怖くないのか」

「え、うーん……まあ……そもそもよく知った人だし。悪ふざけなのが分かってるから変質者みたいないやらしさもないし……なんかスキンシップ激しいお兄ちゃんみたいな……」


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