ぼくらは群青を探している
 いやあんなに激しいスキンシップをとるお兄ちゃんなんて絶対おかしいし、なんなら私の傍若無人なお兄ちゃんがそうなったとしたら寒気が走るほど気味が悪いけど、九十三先輩はそういうポジションの人だ。


「……そう」

「……雲雀くんの質問に私ちゃんと答えてる?」

「……三国がイヤじゃないならいいよそれで」


 掌の中から溜息が聞こえた気がするけど、イヤじゃないならそれでいいと言ってるし、問題ない……だろうか。うーんと首を捻っていたけど「そういやこの間、庄内先輩と喧嘩になって」「え、また……?」「いやそういうガチのヤツじゃなくて、賽銭箱サッカーで勝敗決めたくらいにはどうでもいい話のヤツなんだけど」とわりと気になる話題にシフトしてしまったので、そのまま考える時間はなくなってしまった。

 家の前まで着いた後、雲雀くんは先輩達に言いつけられたとおり「じゃ」とさっさと踵を返そうとした。本当に律儀だ。


「……お茶くらい飲んでいく?」

「……いいよ夜遅いし」

「……でもここまで歩かせて家の前でじゃあバイバイっていうのもなんか悪い」


 とはいえ、じゃあ家に招き入れたところで何ができるのかと言われると、本当に文字通りお茶を出す以外できない。ピアノは……弾いてあげるよと恩着せがましく言うほど上手くないし、この時間なので近所迷惑にもなる。うーん、と首を捻る私と雲雀くんの距離は既に二メートルは離れていた。

 離れていた、はずだった。あまりにもスムーズに雲雀くんが距離を詰めるまでは。

 夏の夜の涼しさが乱暴に掻き消された。腰にまわされた腕によって、体の熱が閉じ込められた。


「……怖くない?」


 耳元で(ささや)かれ、ボッと顔が熱くなった。つい数日前と同じく、顔から火が出ているのではないかと錯覚するほどに顔が熱い。


「……怖く、はないけど……」


 蛍さんとも九十三先輩とも違う。雲雀くんだけが違う。

 桜井くんは、知らないけど。


「けど、なに」


 恥ずかしい。居たたまれない。照れくさい。離れたいはずなのに離れたいと思えない、奇妙な感覚に支配される。そしてそれを明け透けに口にできるほどの余裕さえない。


「……平気、ではない、です……」


 怖くない。でも平気でもない。腰が抱き寄せられていること、胸が抱き留められていること、それが全部恥ずかしくて仕方がない。


「……そうか」


 その声が満足気なものなのかさえ分からないほど、体が緊張していた。できれば雲雀くんの背中に腕を回したかったけれど、それをする余裕はやっぱりなかった。

 全身を巡る血が一気に加速したような熱を感じる。この間、自動販売機前から帰っていたときと同じく、ドクンドクンと心臓の鼓動が伝わってくる。

 でも告白の返事をしたときと違って、外に漏れ聞こえるほどの音量もなければ、その動揺を見透かせるほどの速度もない。もしかしたら、気恥ずかしさを感じているのは私だけなのかもしれない。

 その時間はそんなに長くなかった。するりと、ほんの少しだけ名残惜しそうに腕が離れたと思ったら、ぽんぽんと頭を撫でられた。


「また学校でな」


 その後ろ姿を見送って暫く、やっとさっきまでの雲雀くんの話の意図を理解した。九十三先輩を含め、男全般に抱きしめられても平気なのかという問い、躊躇いがちな返答、そして最後の行動。新庄と夏祭りの一件から私が男全般を怖がってる可能性を懸念(けねん)して、抱きしめていいか確認しようとしてくれてたのか。やっと合点がいった。

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