ぼくらは群青を探している
 どう? 試すような口調で、桜井くんは私を覗き込む。その仕草にギュッと心臓を掴まれたような心地がした。顔立ちは変わってないはずなのに、現に可愛いと思えるのに、急に大人びて見えて……、やっぱり知らない人のように見えた。

 でも、桜井くんが私の知らない人になるのはイヤだった。なぜと聞かれても答えられないけれど、桜井くんには変わってほしくなかった。可愛い子ぶってるおバカな桜井くんのままでいてほしかった。


「……インテリ系、は、雲雀くんで足りてるから、可愛い系のままでいいんじゃないかな」

「侑生はクールインテリ系じゃん。俺は可愛いインテリ系ってことで」

「……さっき可愛い系からインテリ系にシフトしたって言ったけど、両立させるの?」

「……むむっ」


 途端に眉間に皺を寄せて口をへの字にする桜井くんは、私の知ってる桜井くんだった。ほっと緊張がほどけたような安堵(あんど)の溜息が零れてしまったあとで、自分が緊張していたことに気付く。


「……いいよ。そのままで変わらないで」

「んー、でも能勢さんにも背伸びたら可愛くないって言われたし。英凜も一八〇センチだと可愛くないんじゃないって言うし。てか英凜って侑生のことまだ名字で呼んでんの?」

「……まあ」

「まあお試し期間だもんね。侑生気にしてそうだけど」


 私が気にしていることを、桜井くんはそうやってカラッとした声で流せてしまう。


「でも名前呼んでると完全に彼氏と彼女だよな」

「……別にいまも彼氏と彼女だけど」

「お試しじゃん? てかなんでお試ししたの、英凜ってそういう非合理的なことしなさそうじゃない?」


 それこそお試しでインテリ系を気取ってみたと言っていたくせに、非合理的なんてらしくないことをいう。桜井くんはまだ暫くお試しを続けるつもりなのだろうか。


「ただでさえ〝付き合う〟って意味ないとか必要ないとか言いそうじゃん。なのに好きでもないのに付き合うって余計に意味ないし必要なくない? って英凜なら言うかなって」


 慌てて付け加えられ、自分の表情が変わっていた可能性を知った。

 だって、そんなことを桜井くんに言われる筋合いはない。私の行動が非合理的で、それで? さっき桜井くんは人間みんなそんなに合理的じゃないとお説教をしたくせに、私が非合理的であってはいけないのだろうか。私のそんな非合理的な行動は桜井くんに何の迷惑もかけていないのに。なんなら雲雀くんと付き合うことには合理性だってあるのに。


「……単純接触原理っていうのがあるんだって」

「なにそれ?」

「一緒にいればいるほど相手への好感度が上がるってこと。だから、私はきっと雲雀くんのことを好きになるんだと思う」

「……ふぅん?」


 桜井くんは腕を組んで首を傾げた。私と違って背もたれもないのに、その体は揺れに大して揺らぎもしない。


「英凜は侑生のこと好きになりたいの?」


 ……その側面は。


「……なりたいよ」

「なんで?」


 その、側面は、すでに考慮していた。私は雲雀くんを好きになりたいと思った。その理由だって考えた。


「……雲雀くんが私を好きになってくれたから」

「笹部は?」

「笹部くんは……話が合わないし……」

「話が合って頭が良くてイケメンの侑生に告白されたから好きになりたいってこと?」

「別にそんな功利的っていうか、条件が良いからみたいなことは言わないけど……でも友達としてすごく大事だから」

「友達と彼氏って全然違うくね?」


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