ぼくらは群青を探している
 桜井くんにそんなことを言われたくはなかった。まるで私と雲雀くんが付き合うのは間違ってるかのような、合理的でないかのような、私の思考の不備であるかのような、そんな指摘は、他の誰に言われても桜井くんにだけは言われたくなかった。


「……今日、本当にインテリ系だね。インテリ系っていうか、考察系なのかな」


 電車が紅鳶神社駅のホームに滑り込んだ。プシュ、と空気が動く音と一緒にソーミーソーミーと鳴りながら扉が開き、桜井くんから顔を背けるようにしてホームに降りる。


「……私はただの可愛い系が好きだよ」


 桜井くんにだけは言われたくないのに、みんなは言わなくて、桜井くんだけが言う。それが(たま)らなくストレスだった。


「……ごめん」


 私の態度のほうが悪かったのに、桜井くんは隣に追いつきながら肩を竦めて謝ってくれた。


「お試しだからってあんま口出すことじゃないよな」

「……そうだよ。私と雲雀くんだけの問題だから」

「だな。あー、そういえばね、この間例の十一ヶ条、あの紙持って、侑生、写真撮らされたんだよ。神社の前で。見た?」

「……見てない」

「めちゃくちゃしかめっ面なの、ツクミン先輩達に羽交(はが)い締めにされて。ほら教室で撮ったのは後ろ姿だから」

「……本当に先輩達は悪ふざけが過ぎるよね」

「楽しそうだよね、侑生いじり。俺がやったらマジで無言でぶん殴られて終わると思う、舜みたいに。そう思うとできない。つまんない」


 はーあ、とちょっと上を向いて息を吐き出す桜井くんは心底残念そうだった。他に感情は見えないけど、他の感情がないかは分からない。いくら相手が桜井くんといったって、私にそんな正確な分析をできるはずがない。

 その表情は「んあ、メールだ。なんだ胡桃か」と携帯電話を取り出すことでいつものものに戻る。髪をくしゃくしゃと掻き混ぜながら「また家来てんの、アイツ。俺いないって言ったのに」と返事を打つ。


「……胡桃、家に来てるの? 帰ってあげたほうがいいんじゃない?」


 帰ってくれないかな……とちょっと期待したのだけれど「来てるってか、どこいるのってメールがきてるだけ。俺、今日バイトだって言ったのにな」桜井くんは私の意図には気付かなかった。パチンッと携帯電話を閉じ、ポケットに突っ込みながら「胡桃だって忘れっぽいじゃん」と眉間に皺を寄せて文句を呟く。


「……じゃ、バイト帰りだったの?」

「ああ、うん。てか今日、ヘルプ頼まれたんだよね。ほら、中央駅の南北線改札の裏側にミセスドーナツあるじゃん、あそこのヘルプしてた」

「ああ……」

「そういや渚先輩、花見通(はなみどおり)のお好み焼き屋でバイトしてんだって。今度侑生も誘って行こ」

「あ、そこ、時々おばあちゃんと行ってた」

「英凜の家からだと遠くね?」

「おばあちゃんがお琴習いに行ってたとき、そこらへんに先生の家があって」

「英凜のばあちゃん、琴弾けんの? マジ? 音楽一家じゃん」

「おばあちゃんと私だけだよ。お兄ちゃんはさっぱりだし」

「てか英凜にあれ弾いてもらわなきゃ、『在りし日の愛し合い』」

「そういえばそんなのあったね」

「そんなのって! 約束したんだからちゃんと守ってよ」


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