ぼくらは群青を探している
「……兄貴がいるのも知ってた。両親が死んでるわけじゃねーみたいなのも、体弱くて気使うみたいに教師が話してるらしいってのも知ってた。お前も俺達と同じなんじゃないかと思ったら、お前も群青に入れてやらないと可哀想だろ」
そっか、私も、ワケアリか。病気呼ばわりされて、おばあちゃんと一緒に田舎で暮らしてたら少しは良くなるかもしれないなんて、人には言えない。その意味ではワケアリだ。
「でもお前はそれ以前に女子だ。群青にいるべきじゃない」
でも、私のワケは、雲雀くんや蛍さんのものとは違う。蛍さんのいう「みんなワケアリ」の括り方は知らないけれど、少なくとも〝居場所〟で分類するのであれば、私は間違いなく蛍さん達とは違う。
私はおばあちゃんと仲が良い。家という居場所がある。それは生まれ育った家ではないけれど。
「……そもそも、私に蛍さんが言うワケなんてないですよ」
「つかそうだよ、体弱くないってなんだよ」
「……蛍さんは私がおかしいって思わないんですか?」
つい、どこか諦めたような、投げやりな声が出た。どんなに肯定されても、両親が、小学校の教師が、医者が否定したことが私にとっての現実だった。彼らが私の権威だった。
「蛍さんは、私が豊池さんの──妹さんのノートを拾ってあげた、虐めによる周囲の目も憚らず拾ってあげたみたいに言ってますけど、違いますよ。私は、豊池さんが虐められてるなんて知らなかったんですよ」
虐めの事実に気付かずノートを拾った、それが何か? そんなことより、普通は虐めの事実に気付くでしょう──教師にはそんな風に言われる気がした。
「私はただ、そういう、みんなが気付くことに気付けないだけです。空気を読めとか雰囲気を察しろとか、そういうことが無理なんです。頑張ってやろうとしてもできないんです。何を言ったら悲しいのかとか、何をされたら寂しいのかとか、そういうことを考えないと分からないし、考えても分かってない。……私は、そういうおかしい人間なんです」
いつだってそうだ。私はいつだって必死だ、他人の情報を分析して総合して、原則と例外をパターン化して、文脈と声音を頼りに、見えない感情を探している。それでもおかしいと言われる、それでも変だと言われる、それは行き過ぎれば病気なんて言われる。つまり頑張ったってできていない。
そのせいで選択を間違える。みんなが右を向いているか左を向いているか、一生懸命観察して左を向いていると思って左を向いたら、みんなは右を向いてるよと誰かに笑われる。笑われるまでみんなが右を向いていることにさえ気が付けない。いつもそうやって、人生を間違えている。
「だから豊池さんのノートを拾ったのは……」
「別によくね?」
善意でもなければ偽善でさえない、感情のないまるでプログラムに基づくロボットの動きのようなものです──それを全て口にする前に、蛍さんはぐずぐずしてる私を鬱陶しそうに一蹴した。
「虐められてるときに隣のクラスの三国さんが知らん顔でノート拾ってくれた。こんだけで妹には十分だったつってんだろ。いいだろそれで」
「……でもだから私は」
「虐めの空気なんざ読む必要がない。んなもん読めないヤツがおかしいだのなんだの言われるわけねーだろ、んなこと言うやつなんかぶち殺せ」
声を荒げる蛍さんを、通りがかった人がじろじろ見ていた。それでも蛍さんは──まさしくその視線なんて気にならない、気にする必要なんてないかのように、態度を変えなかった。
そっか、私も、ワケアリか。病気呼ばわりされて、おばあちゃんと一緒に田舎で暮らしてたら少しは良くなるかもしれないなんて、人には言えない。その意味ではワケアリだ。
「でもお前はそれ以前に女子だ。群青にいるべきじゃない」
でも、私のワケは、雲雀くんや蛍さんのものとは違う。蛍さんのいう「みんなワケアリ」の括り方は知らないけれど、少なくとも〝居場所〟で分類するのであれば、私は間違いなく蛍さん達とは違う。
私はおばあちゃんと仲が良い。家という居場所がある。それは生まれ育った家ではないけれど。
「……そもそも、私に蛍さんが言うワケなんてないですよ」
「つかそうだよ、体弱くないってなんだよ」
「……蛍さんは私がおかしいって思わないんですか?」
つい、どこか諦めたような、投げやりな声が出た。どんなに肯定されても、両親が、小学校の教師が、医者が否定したことが私にとっての現実だった。彼らが私の権威だった。
「蛍さんは、私が豊池さんの──妹さんのノートを拾ってあげた、虐めによる周囲の目も憚らず拾ってあげたみたいに言ってますけど、違いますよ。私は、豊池さんが虐められてるなんて知らなかったんですよ」
虐めの事実に気付かずノートを拾った、それが何か? そんなことより、普通は虐めの事実に気付くでしょう──教師にはそんな風に言われる気がした。
「私はただ、そういう、みんなが気付くことに気付けないだけです。空気を読めとか雰囲気を察しろとか、そういうことが無理なんです。頑張ってやろうとしてもできないんです。何を言ったら悲しいのかとか、何をされたら寂しいのかとか、そういうことを考えないと分からないし、考えても分かってない。……私は、そういうおかしい人間なんです」
いつだってそうだ。私はいつだって必死だ、他人の情報を分析して総合して、原則と例外をパターン化して、文脈と声音を頼りに、見えない感情を探している。それでもおかしいと言われる、それでも変だと言われる、それは行き過ぎれば病気なんて言われる。つまり頑張ったってできていない。
そのせいで選択を間違える。みんなが右を向いているか左を向いているか、一生懸命観察して左を向いていると思って左を向いたら、みんなは右を向いてるよと誰かに笑われる。笑われるまでみんなが右を向いていることにさえ気が付けない。いつもそうやって、人生を間違えている。
「だから豊池さんのノートを拾ったのは……」
「別によくね?」
善意でもなければ偽善でさえない、感情のないまるでプログラムに基づくロボットの動きのようなものです──それを全て口にする前に、蛍さんはぐずぐずしてる私を鬱陶しそうに一蹴した。
「虐められてるときに隣のクラスの三国さんが知らん顔でノート拾ってくれた。こんだけで妹には十分だったつってんだろ。いいだろそれで」
「……でもだから私は」
「虐めの空気なんざ読む必要がない。んなもん読めないヤツがおかしいだのなんだの言われるわけねーだろ、んなこと言うやつなんかぶち殺せ」
声を荒げる蛍さんを、通りがかった人がじろじろ見ていた。それでも蛍さんは──まさしくその視線なんて気にならない、気にする必要なんてないかのように、態度を変えなかった。