ぼくらは群青を探している
 ただ、あくまで膝下までならであって、全身が濡れるとなると話は別だ。きっと水温は二十度すら超えていない。それなのに両腕を引っ張る桜井くんが止まってくれる様子はないので慌てて「ちょ、ちょっとタンマ!」と海底の足を踏ん張った。


「これ以上は服が濡れるから!」

「えー、いいじゃん、俺らこんなだし」

「せんせー、桜井くんが女子いじめてまーす」

「違いますー、一緒に遊んでるんですー」

「そのへんでやめとけよ、嫌われんぞ」

「待って待って! 本当にこれ以上は――」


 思えばそれはフラグだった。自分の意志とは裏腹に進まざるを得ないせいで、見事に足はもつれ「あっ」と桜井くんが目を見開いたのを視界に入れたが最後、ドボンッと私は顔から、桜井くんは背中から海に突っ込んだ。

 溺れたらひとたまりもなさそうな、冷たい海の中。咄嗟に目を瞑ってしまって何も見えなかったけれど、桜井くんの手の体温に、私が繋ぎ止められていた。

 その中から(すく)うように持ち上げられ「っは」と大きく息を吸いながら顔の海水を拭った。塩水で前髪がべったりと額に張りついている。パーカーのフードには少し海水が入っていた。

 そこまできてようやく、自分が雲雀くんに抱えあげられていたのだと気が付いた。あまりにも力強いせいで、きっと人間に抱えられる猫ってこんな感じなんだろうななんて思ってしまった。次いで、腰のあたりに見える白い腕と背中に触れる体を意識し、一気に緊張感が全身に走る。

 でも雲雀くんにとってはなんともないことなのか、私が立てると分かるとすぐに腕を離された。ほっとする私の前では、桜井くんがまるで水泳競技のように海面に飛び上がる。


「っあー! もう! また濡れた!」

「お前が悪いだろ」

「何で俺は助けてくれないの!?」

「お前は悪いから。三国、大丈夫か?」


 急に海に飛び込まされて、服はずぶ濡れだし、体は冷たいし、髪はべたべただし、正直にいえばコンディションは最悪だった。

 コンディションは、最悪だったけど。


「……全然、大丈夫」


 普通からかけ離れた、あまりにも馬鹿げた自由な遊びに、正体不明の充足感が胸に広がっていた。

 見上げた先の雲雀くんの頬が緩んだ、気がした。ただきっとそれは気のせいで「あそ」と短く返事をして、びしょぬれのティシャツ片手に海を出る。荒神くんも一足先に砂浜へ戻りながら「うへー、さみー」と階段のティシャツを手に取った。


「え、待って、俺着替えないんだけど」


 その様子を見ていた桜井くんがハッと気づいたように手を口に当てる。桜井くんだけプルオーバータイプのパーカーを着ているので着替えがないのだ。


「大丈夫、私もないから」

「わーい仲間だ」

「わーいじゃねーよ謝れ」


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