ぼくらは群青を探している
「……それはそうだよな。てか結局豊池に謝ってないし……」


 くしゃくしゃと荒神くんは気まずそうに髪を掻き混ぜる。家に行ったんじゃ、と私が顔に疑問を浮かべたのを読み取ったのだろう、「家行ったけど会ってくんなかったから」とすぐにそう付け加えた。


「てか結構えげつないことしてたっぽいけど。お前、永人さんの妹の顔に画鋲刺したの?」

「いや、それは刺してない。俺はマジで、誓ってそれはやってない」


 素早く、そして早口だった。


「マジで、これだけはマジでやってない。てか東中の一年三組だったヤツに聞いて、マジそれ男はやってないから。やってたの女子、女子」

「……そんなことする女の子いるの?」

「まあ女子のほうがえぐいことするイメージはあるよな」

「そう。いや、言い訳はしないって決めたんだけど、そう」


 雲雀くんの相槌に頷きつつ、ただだからといって開き直るつもりはないし、反省しているのは本当……そう言いたいのだろう。例によって私達に言っても仕方がないことなのだけれど。


「……でもほら、なんか、傍観者も同罪みたいに言うじゃん? あれはやっぱそうかなって、豊池が不登校になって思ったっていうか……。俺は便乗してたところもあったから、傍観者なんていえないんだけど」

「まあ舜がやってるとしたらそのくらいだろうなとは思ってたけど」


 ついさっき、荒神くんが到着する前にその話を聞いていた雲雀くんは、スープの味見をしながら少し首を捻った。


「そのわりにはわざわざ謝りに行ったんだな」

「いやお前、クラスの女子が不登校なってみ? うわーやっちゃったってなるから」


 軽々しい言葉だった。例えば、ここで餃子を一個、床に落としてしまったときに出てくる言葉も「うわーやっちゃった」だろう。たかが餃子を一個落としてダメにしてしまうのと、人ひとりが不登校になるのとで胸に浮かぶ言葉が同じだなんて馬鹿げている。

 馬鹿げているけど、そういうものなのかもしれない。自分のことじゃねーならどうでもいいっつうクソ野郎がいるだけ──一昨日の蛍さんの言葉のとおりだ。結局、豊池さんが不登校になって転校しますという事実を眼前に突きつけられるまで、誰もが〝どうでもいい〟と思っていた。もしかしたら突きつけられてもなお何も感じなかった人も多かったのかもしれない。


「蛍さんが殴り込みに来たんだろ? それでビビッて謝りに行ったんじゃねーの」

「……いやそういうとこもあるけどさ……。確かに怖かったよ、急に他校の不良来たと思ったら豊池の兄貴だとか言うんだから、みんなビビっちゃったし……。いやでも豊池が転校したってほうがさ、事の重大さを思い知るってこういうことを言うんだな、みたいな……」


 その意味で、「うわーやっちゃった」だとしても、何かを感じた荒神くんは正常か普通なのかもしれない。……私が、豊池さんが虐められていたと聞いたときに抱いた感情は「だからあの時笑われたんだ」程度だった。察しの悪い自分を嗤ったけれど、豊池さんへの同情だとか気が付かなかった申し訳なさだとか、そういう、豊池さんへの感情なんて抱かなかった。その意味で私はやっぱり……。


「そんで? 蛍さんに謝って、お前どうなったんだよ」

「どうもなんねーよ、だって豊池はもう引き籠ってて出てこなかったし……。蛍さんも、知らねー、どうでもいー、みたいな感じだったし……。殴りにくるくらいだからめちゃくちゃ仲良い兄妹なのかと思ったら全然会話しないとか言ってたし……」

< 494 / 522 >

この作品をシェア

pagetop