ぼくらは群青を探している
「黙ってたんだけど、月曜日に新庄が蛍さんに話すのを聞いてたから。バレちゃった」

「……だから俺は侑生と昴夜には言ったほうがいいんじゃないかって思ったんだよお」


 荒神くんが眉間に皺を寄せたまま目を瞑って苦しそうな顔をしてみせるから何かと思ったら、桜井くんの眉間にも皺が寄っていた。桜井くんの辞書には苦悩の二文字なんてなさそうなのに、眉間に皺を寄せたまま頬杖をつき、まるでそっぽを向くように視線だけを背けて餃子を頬張っている。……どうやら、月曜日に怒られたように、それは桜井くんにとっては依然として気分の悪い話題らしい。


「……でも言ったところで何かが変わるものじゃないし」

「……少なくとも俺が侑生に殴られずに済んだ」

「殴ったの?」

「殴ってねーだろ、胸座掴んだだけだろ」

「同じだから! 侑生の胸座掴みはぶん殴りと同じ!」


 雲雀くんが荒神くんの苦情を無視した、そのタイミングで会話が途切れた。雲雀くんはしれっと餃子を食べ続けるし、桜井くんも無言だ。カラッ、とグラスの中で氷が解けて沈む音がする。

 ……空気が、悪い? もしかしてこれが(ちまた)にいう〝空気が悪い〟なのか……? そう感じてしまうほど、妙な沈黙が落ちていた。


「……あ、んで、永人さんには新庄のことはまるっと話したよ。てかあの後すぐに電話かかってきて早く全部言え殺すぞみたいなこと言われた」


 荒神くんが早口で言葉を(つむ)いだのは、きっとその空気を察してだろう。いやむしろ、荒神くんがそんな態度で口走るからこそ、今の空気が悪いのだという帰結に至る。


「……私の体が弱いってことにしてついて行ったとか、私が新庄に……、馬乗りにされた、とか?」


 一瞬言葉に詰まってしまった。でも荒神くんは、きっと気付かないふりをして「そりゃね、だって後からバレたら俺が永人さんに怒られるし」と続ける。

 ……一応、まだ疑いは残っている。夏祭りに私と陽菜が一緒にいると知っていたことがそれだ。

 ただ、私が五組で仲が良い子といえば陽菜しかいないし、そうなれば一緒に夏祭りに行くことは容易に想定できるし、 (陽菜が危害を加えられたことがないとはいえ)今後のために陽菜の写真が出回っていても何もおかしくはない。そして、豊池さんの一件と荒神くんの存在があることによって、群青の先輩達が〝体が弱い〟だのなんだのを知っているのは道理。その根本的な疑いの要素を否定された今となっては、あえて夏祭りで感じた違和感を問題視する必要はない。

 ということは、いよいよ疑う要素など何もない……。ふう……と安堵と疲労の入り交じった溜息を吐き出す。よかった。

 とはいえ、きっとまだ二人の空気は改善されていない。荒神くんもそう察知しているのだろう、「てかケーキは? 買ってんだろ?」と脈絡なく話題を紡ぐ。


「……ちっちゃいけどホール買ったよ。四人でもちょっと大きいかな……」

「んじゃ胡桃ちゃんも呼べばよくない? 向かい側に住んでんだろ?」


 必死にケーキの話題を広げようとしたものの、胡桃の名前が出てくるとは……。そっと視線を向けて雲雀くんの様子をうかがうけど、変わらずしれっと餃子を食べ続けている。こういうときまでポーカーフェイスなのはやめてほしいな……。


「……そもそも、胡桃って毎年誕生日のお祝いに来てるんじゃ? 今年は来ないの?」

「……胡桃、小学校の高学年くらいから中三の頃まであんま喋んなかったんだよな」


< 498 / 522 >

この作品をシェア

pagetop