ぼくらは群青を探している
 胡桃の後ろから、桜井くんが手を伸ばす。ひょいとでも聞こえてきそうな余裕のある手の伸ばし方だった。既視感があると思ったら、夏休み前、家に桜井くんと雲雀くんが来たとき、私の代わりに雲雀くんがお茶筒を取ってくれたときと同じだった。胡桃が私で、桜井くんが雲雀くんだ。

 ……桜井くん、本当に背伸びたんだな。胡桃の頭上から悠々とお皿を引っ張り出した桜井くんは「これ黄土色じゃない?」「え、灰色でしょ、何言ってんの」とまた胡桃に怒られている。


「昴夜、中学のとき赤と白が混ざったらオレンジになるとか言ってたよね」

「そうだっけ? なんでそんなこと覚えてんの」

「だって部屋にある美術のテスト、ひっどい点数だったもん。なんで赤と白でオレンジ? って笑ったじゃん」

「んー、言われてみればそんなこともあったようななかったような」

「え、っていうかヤバ、早く帰んないと。昴夜のケーキ早くちょうだい」

「待って待って、皿に乗せるから」


 二人の会話に入ることもできずに、とりあえずお皿の汚れを流しながらシンクの中に重ねていると「ねー、英凜」桜井くんに呼ばれて急いで振り向いた。桜井くんは生クリームだらけの包丁片手にしかめっ面だ。


「これ皿にのせてくんない? 俺できない」

「できないって……」


 別にできないことはないでしょ、と口にする前に、笑みが零れた。仕方がないなあ、というよりも、二人だけの世界から爪弾きにされてしまったような感覚が勘違いだったと思えたから。


「フォーク、一本ちょうだい」

「ん。あ、これ俺の」


 歪な五等分の中の、少しだけ大きめの一切れを指定される。


「わざと大きく切った?」

「俺を疑うの!」

「ほら、二等分は分ける人と選ぶ人を別々にするのが合理的なようにね」


 でも今日は桜井くんと雲雀くんのお誕生日だから、別に二人が得する形でいいのか。


「っていうか侑生と英凜、二人にしてあげなくてよかったの?」

「え、いんじゃないの別に」

「本当に昴夜デリカシーない……。英凜、昴夜本当にこういうところ分かんないから。ちゃんと言ったほうがいいいよ」

「でも桜井くんも一緒に祝うみたいに言い始めたのは雲雀くんだし……」

「あっ!」

「えっ!?」


 ケーキをお皿に載せた途端に桜井くんが叫ぶので驚いて顔を上げた。そのせいで、パタンとケーキがお皿の上で倒れてしまった。


「あっ……。……これ私ので……」

「どうかしたの?」

「英凜が桜井くん呼びに戻ってる!」


 愕然と叫ばれても、自分が〝桜井くん〟と呼んだ覚えはなかった。でも呼んだかもしれない。どうにもこうにも、私の中では昴夜呼びが定着しなくて、最近はねえ《・・》呼びで誤魔化していた自覚はあった。

 でもそんなことか……。叫ぶほどのことじゃないのに、とケーキの続きをお皿に載せる。胡桃も「なに? なんかニックネームつけてたの?」と訝し気で、ショックを受けているのは桜井くんだけだ。


「ニックネームとかじゃなくて……俺も英凜のこと名前で呼ぶし英凜も俺のこと名前で呼べば、みたいな!」

「彼氏でもないのに何言ってんの? 友達にそんなこと言われたら普通にうざいと思うんだけど」


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