ぼくらは群青を探している
 それどころか、胡桃はその顔に似合わない暴言まで口にする始末だ。お陰で桜井くんがショックを受けるより先に私が跳び上がってしまって「いや、別にうざいとか思わなかったけど!」とフォローを入れたけど「けど? なに? 彼氏でもないくせに生意気だとか思ってる? いいんじゃない?」と畳みかけられた。そこまで思ってはいない。


「いや、その……謎だなあ、くらいで……」

「仲良いのに名前で呼ぶのが謎もなにもなくない!?」

「昴夜はその程度って話でしょ」ピシャリと鬱陶しそうに胡桃は言い放ってから私を振り向いて「ていうか、侑生を名前で呼ぶほうが先じゃない? なんでまだ苗字なの?」


 うっかり口が滑っただけでとんでもない方向に話が派生した……。雲雀くんはこの話をどんな気持ちで聞いてるのだろう……と窺おうにも台所からは居間の様子は見えない。分かるのは荒神くんとの話し声が聞こえないので、少なからずこちらの会話を聞いているのだろうということだけだ。


「……タイミング……みたいな」

「あー、分かる、付き合ってから呼び方変えるのってタイミング困るよね」


 特に考えたことはなかったけれど、彼氏と彼女が何か特別だというのなら、雲雀くんの呼び方は変えるべきかもしれない。だから胡桃に相談できるのはありがたいといえばありがたかった。


「……胡桃はどういうタイミングで変えるの?」

「えー……あたしはわりと付き合う前から名前で呼んでるパターンが多いかも」


 これが陰気な私と陽気な胡桃の違い……。名前で呼ぶ男子なんて従弟くらいだ。


「……でも、ほら、胡桃なら先輩と付き合ったりとかもするんじゃ」

「あー、うんうん、ある。先輩はね、結構『先輩』呼びが好きだからそのままなパターン多いかな」


 前言撤回、胡桃への相談は何の成果ももたらしてくれなかった。そもそも私と胡桃では異性との距離感が違いすぎる。お陰で眉間に皺を寄せて(うな)る羽目になった。


「でも侑生と英凜はその距離感でいいのかもね。ほら、二人って大人っぽいし」


 そういえば、胡桃はわりと初期から私のことも名前で呼んでたな……。異性に限らず同性でもこんなに違う……。これがコミュニケーション能力の差……。


「侑生は? 英凜のことまだ名前で呼ばないの?」


 そしてケーキを運びながら、胡桃は淡々と雲雀くんをいじる、と……。雲雀くんは胡桃に対しては「別に」と短く返したけれど、荒神くんが「どうせ二人のときは名前で呼んでんだってー」と茶々を入れたら座布団を顔面に押し付けられていた。

 桜井くんは「ちょっとだけ名前呼んでくれた日もあったのに……てかもしかしたら二回だけかもしんない……」とまだブツブツ言いながら座り込む。隣の胡桃がまるで女々しい生き物でも見るような視線を向けた。


「……別に名前くらいでそんなに騒がなくても」

「大事なの! 心の距離を感じるから!」

「はいはい、そういうのは英凜の彼氏になってから言ってください」

『三国ちゃんを好きなのは雲雀くんでしょ?』

 ……胡桃の言葉で、どうしてか能勢さんの言葉を思い出した。


「ていうかそうじゃん、侑生さえ英凜のこと名前呼びなのに、昴夜がしゃしゃり出てくるのってオジャマムシじゃない?」

「俺と侑生って対等じゃない?」

「え、昴夜のほうが下でしょ。侑生は彼氏なんだから」

「胡桃、帰る時間大丈夫?」


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