ぼくらは群青を探している
 ここで桜井くんが「お試し期間だから対等」なんて言い始めてしまったら面倒なことになる。そう危惧して口走れば、胡桃は掛け時計を見て「あっやば! 昴夜ケーキ!」と桜井くんの腕を引っ張る。引っ張る……というより、強請(ねだ)るように腕にしがみついているというほうが正しかった。桜井くんは「はいはい」と仕方がなさそうにサクッとフォークをケーキに差し込み、そのまま胡桃に餌付けでもするような仕草で食べさせる。


「おいしー!」


 ……ああいうことは、私にはできないだろうな。というか、桜井くんと胡桃のほうがよっぽど……。


「てか胡桃ちゃんって誕生日いつなの?」

「あたしはねー、四月一四日」

「え、近い近い。俺二六日」

「英凜は? いつなの?」

「二月」

「早生まれなんだ。なんかそんな感じする」


 早生まれっぽい、とは……。はて、と首を捻りながらケーキを口に運ぶ。久しぶりに食べるとおいしい。


「あ、そうだ、昴夜、誕生日ね」


 胡桃は本当に一口で満足したらしく、さっさとカバンからプレゼントを取り出した。桜井くんはフォークを口に咥えたまま「んー」とぞんざいに受け取る。透明な袋にラッピングされた焼き菓子の詰め合わせだった。


「ありがと、なにこれ」

「フィナンシェ」

「ふぃなんしぇってなんだっけ?」

「……昴夜、本当に記憶力悪すぎない? ケーキとクッキー以外全部同じだと思ってない?」

「思ってないない」


 胡桃が渡してるならちょうどいい、私もこの場で渡してしまおう、とカバンを引っ張る。胡桃は雲雀くんにも「はい、侑生はクッキー!」「……どうも」似たようなラッピングの焼き菓子の詰め合わせを渡した。でも私には桜井くんのフィナンシェのほうが少し豪華に見えた。


「んでフィナンシェってなんだっけ、なんかバター味のふわふわしたやつ?」

「バターのふわふわ……。……そうといえばそうだけど。パティプリの焼き菓子、可愛いでしょ」

「あー、まあ……そうだね……?」


 そのリアクションにつられて視線を向けると、桜井くんは「そうだね」なんて顔はしていなかった。桜井くんの性格から分析すれば、その本音は「食えば同じじゃね?」だろう。

 そして私にそれが見透かせるということは、胡桃にとってもお見通し。相変わらず可愛らしく膨れっ面をしてみせた。


「あのね、本当はパティプリはクッキーがおいしいの。でも昴夜がクッキー嫌いだからわざわざフィナンシェにしたの。感謝して!」


 ──カバンの中に突っ込んでいた手を止めた。


「はいはい、ありがとありがと」

「……そんなこと言ってたら来年からあげないよ」

「フィナンシェめっちゃ嬉しい、ありがとう! 大事に食う!」


 わざとらしい感謝の言葉に、胡桃はますますしかめっ面だ。でも胡桃のことだから腹を立てることはなく、「仕方ないなあ」程度の感情しかないのだろう。


「じゃ、あたし帰るから。また明日ね」

「またね」

「ばいばーい」


 桜井くんはケーキで頬を膨らませて、もごもごと言葉にならない音を発しながら手を振った。雲雀くんは無言だった。

 玄関の引き戸が閉まる音が聞こえてから、雲雀くんは「舜、やる」「お、さんきゅ」胡桃から貰ったお菓子を早速荒神くんに押し付けた。ポンッと膝に乗ったそれを受け取り、荒神くんはすぐに袋を開ける。ケーキはもう食べ終えていた。


「……雲雀くんもクッキー嫌いなの?」

「そうじゃないけど」

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