ぼくらは群青を探している
 電車に乗って携帯電話を見ると、メールが入っていた。ほんの五分前にきたメールで「鍵忘れてない?」と、 (おそらく)桜井くんの手のひら上にキーホルダー付きの鍵が載っている写真付きで送られてきている。間違いなく私のだ。


「……家の鍵、桜井くんの家に忘れてきた」

「は?」

「あ、大丈夫、おばあちゃんいるし。普段、おばあちゃんが出かけてるときに私が出かけられるように持ってるだけだから」


 被害妄想でなければ「馬鹿かコイツ?」なんて目を向けられた気がした。でも私もそこまで馬鹿ではない。


「明日、学校で返してもらうよ」

「……アイツももっと早く気付けばいいのにな」

「……確かに。忘れた私が悪いんだけど」


 桜井くんの家を出て十五分は経ってるのにな……。居間に落としていたんだろうし、すぐに見つかりそうなのに……。そんなことを考えながら、短く返事をして携帯電話を閉じる。

 ……閉じた後で、さっきの写真の違和感を覚えて、もう一度携帯電話を開いた。カチカチと写真を開いて、その違和感の正体に気が付く。

 写真が全体的に暗い。多分家の中で撮った写真じゃない。桜井くんの手の後ろに写っているのも、ぼやけているとはいえ、きっとコンクリートの地面だ。……ということは、間違いなく外で撮った写真だ。

 なんでわざわざ外で写真を──なんて考えるまでもなく分かった。


「……鍵、届けに来てくれてたのかな」

「……なんで?」

「……これ、家の中で撮った写真じゃなくない? 忘れたか聞くだけなら見つけたその場で──多分居間だっただろうから、居間で撮ればいいのに」


 でも、そうだとしてなんで引き返したのだろう。私達が改札に入ってしまっていたから? ……でも今の時間から逆算すると、多分改札に入るより前にメールをしたはずだ。


「見つけられなかったのかな。桜井くんの家から一本なのに」


 雲雀くんは無言だった。もしかして私が見つけていない答えを見つけたのだろうか。顔を見上げて促すけれど、何も言ってくれなかった。

 中央駅に差し掛かってお互いに逆方向の東西線に乗り換えるとき「誕プレ、気遣わせて悪かったな」とピアスについて少しニュアンスの違うことを言われた。


「気を遣うって」

「付き合って二週間後に誕生日って詐欺っぽくね」

「詐欺じゃないでしょ」


 言わんとしてることは分かるけど、その謙虚さが不遜な雲雀くんらしくなくて笑ってしまった。でも雲雀くんはあまり表情を変えない。お陰で私も笑みを引っ込める羽目になった。


「……ほら、告白のタイミングは外的要因に左右されちゃったわけだから、雲雀くんにそういう意図がないのは分かるわけだし……」

「……つかお試し期間なんだから、わざわざ本当の彼女みたいなことしなくていいって言うか悩んでたんだよな。言ったら言ったでやりそうだから黙ってたけど」

「……だから、お試し期間って言うのはやめようって話したじゃん?」

「……なんでそれに拘ってんだっけ」


 逆に、どうして雲雀くんはお試し期間であることに拘るのだろう。それにはまるで、私達が形式上の彼氏と彼女であることを忘れまいとするような、名ばかりの関係にかこつけて友達以上に踏み込むのを防ごうとしているような……、私に逃げ場を残そうとしているような、そんな違和感があった。


「……なんか私が雲雀くんを好きになれるか試してるみたいだし……、それは好きじゃないって前提だから、その方向で認識を操作されそう、っていう……」

「……俺を好きになりたいってこと?」


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