ぼくらは群青を探している
 一体なにを言いかけたのか、桜井くんは雲雀くんの回し蹴りを食らった。間違いなく、悪ふざけではなく本気の蹴りだった。現に桜井くんはべしゃっと湿った砂浜に転がり、その金髪が泥まみれになる。なんなら脇腹を押さえて悶絶(もんぜつ)していて、今までになくダメージを受けているように見えた。


「お前本気で蹴ったろ!?」

「当たり前だろ」

「俺は心配してやったのに!」

「なんの心配だつってんだよ」

「わっギャッやめろやめろ」


 続けてその肩も足蹴にされる。雲雀くんの足も当然砂と泥まみれなので桜井くんがどんどん汚れていく。そんなことしてる場合じゃなくない? なんて内心ハラハラしているけれどさすがに、口には出せない。

 この隙になにかされるんじゃないか……とそっとゴリラを見たけど、特に手を出す様子もなく煙草をふかしていた。その意味では安心できたけれど、砂に埋もれていた仲間達が起き上がっているのも見れば、緊張は解けない。


「桜井、雲雀ィ。イチャついてねーで、今ここで返事しな」


 ふー、と煙を吐き、ゴリラの手に挟まれた煙草の先が私と荒神くんに向けられる。ジリ、と煙草の燃える音とともに、砂時計の砂のように灰が落ちる。


「そんなこと言われましても。楽しく遊んでるところにくる空気読めないヤツなんて嫌いだし」


 不意に、心の臓が冷えた。


「しゃーないな、春日さんからの伝言だ。断ったら――」


 歩道のほうからバイクの排気音が聞こえてきて、私達は揃って視線を向けた。荒神くんが「んげ、また新手かぁ」と参ったように呟いたとおり、ところどころ青い光を反射するバイクが二台止まっている。

 ジュッと音がしたので視線を向ければ、ゴリラが落とした煙草が海水に鎮火されていた。


「たーいへんそうだなぁ、桜井、雲雀」


 バイクの上で、ピンクブラウンの髪が揺れた。バイクのサイズに不釣り合いな体が海岸に飛び降りてくる。もう一台のバイクの主はバイクに乗ったままだ。


「……やばい、蛍永人だ」


 ボソッとゴリラの仲間が呟いた。既に足は数歩下がり、蛍さんが近づいてくる前から及び腰だ。ゴリラだって、煙草を落としてしまうくらいには余裕がないことが伝わってくる。

 対して蛍さんは、悠々と、まるで海岸を散歩にでも来たような態度だ。休日だというのに学ラン姿で、首には安っぽい白いイヤホンをひっかけている。


「だから言ったろ、中坊のときほど甘くないって」

「……なんか用かよ」


 間違いなく、蛍さんが来たお陰で助かったはずなのに、雲雀くんは不遜(ふそん)な態度だった。でも蛍さんは気にした素振りはなく「相変わらず無愛想だねえ、可愛いのは顔だけ」と白い歯を見せて笑う。どうやら雲雀くんの女顔は、雲雀くんを知っている人からするとからかいの鉄板ネタらしい。


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