ぼくらは群青を探している
 体を包んでいる泥を払い落としながら、雲雀くんは(かたく)なに拒絶する。隣の桜井くんは、同じく頭から泥を落としながら「うん、まーねー」と曖昧(あいまい)な返事をした。


「そう。んじゃ黒鴉(レイブン・クロウ)からの誘いは断ったのか?」

「んじゃ、ってわけじゃないけど、うん、まあ。だって急に来て殴るとかヤバイじゃん、暴力反対」

「お前らには言われたくねーだろうけどな」


 蛍さんの目がもう一度私を見た。つい、荒神くんの背中に隠れる。悪い人ではなさそう、というのは最初の印象のとおりだけれど、それでも知らない人には変わりない。


「三国英凜、お前はここで何してんだ?」

「……なに、って」

「俺らが呼んだんだよ、あそぼーって」

「お前本気か?」


 私を庇うようなセリフに、蛍さんの目が不意に鋭く細められた。私がその目を向けられたわけでもないのに、つい、体が震えてしまう。


「お前らみたいに目立つヤツが、女連れまわしてんじゃねえ。お前らがやられるのは勝手だ、けどな、お前らがやられたら女がやられるってことくらい分かっとけ。大体、三国英凜のこの恰好はなんだ?」


 なぜかサッと荒神くんが動いて私を隠した。でももう遅い、蛍さんは(とが)めるように私のことを親指で示している。


「襲ってくれって言ってるようなもんじゃねーか。何して遊んでたか知らねーけど、お前らのせいで三国が襲われて、お前らが責任とれんのか?」


 前回会ったときとは打って変わって、蛍さんの声は冷たかった。その物言いから――表情からも、妙に真に迫る厳しさが伝わってくる。桜井くんと雲雀くんも、その指摘を正しいと感じているのか、いつもの軽口を叩くことはなく、じっと黙り込んでいる。


「おい三国英凜」

「えっあ、はい」

「お前、俺が何でお前の名前知ってるか、分かってるか?」


 名前を伝えた覚えはなかったのだけれど、それくらいは誰かに聞けば分かることだろうし、特に気にする要素ではない――そんな自分の考えが間違っていると指摘された気分だった。

 誰かに聞けば分かる。――なにをどう聞く?

 桜井くんと雲雀くんが仲良くしてる女子のことを知らないか。――誰に聞く?

 二人は一年五組だから、一年五組の人に聞く。――その必要がある?

 入学気の桜井くんと雲雀くんの所業は次の日には学校に知れ渡っていた。当然、そんな二人が仲良くしている特定の相手がいれば、目立つ。それは一年五組のクラス内外を問わない。つまり、あえて一年五組の人間に聞く必要はない。――そもそも、二人が女子と仲良くしている女子には、特殊な情報がなかったか?

 入学式、フルネームで名前を呼ばれ、例年は特別科からしか出ない新入生代表挨拶をした。――ということは?

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