ぼくらは群青を探している

(5)選択

 ゴールデンウィーク明けの学校は、なんとなく気が重かった。のろのろと玄関でローファーを履いていると、おばあちゃんに「英凜ちゃん、忘れ物よ」と紙袋を差し出された。中身は雲雀くんのジャケットだ。


「あー……うん」

「早く持って行かんと、雲雀くんが(こま)ろう」

「……どうなんだろう」


 ただの私服のひとつだから困りはしないだろうけど、借りたものは早く返したほうがいい。ただ、蛍さんの忠告を考えると、結局学校で雲雀くんと桜井くんとどう接すればいいのか分からない。

 ぽりぽりと頬を掻いた。本当は、桜井くんが家の近くまで送ってくれたときにそのまま桜井くんに預ければよかったのだけれど、うっかりしていた。


「うちに取りに来させてもいけんし、早く持って行きなさい」

「まあ、それはうん、もちろんそうだから、うん……」


 仕方なくその紙袋を受け取った。どこかの知らない和菓子屋さんの大きな紙袋で、これと雲雀くんがそこはかとなく似合わない。……なんて言い訳をしていないで、早く返そう。

 そんな私の微妙な気分を天気にしたように、今日の空は曇天で、初夏の爽やかさには欠けている。うーん、とひとり首を(かたむ)けながらバスに揺られた。


「おう、三国」


 そんな気分で学校へ行った私を迎えてくれたのは、よりによって蛍さんだった。

 数日前と同じ安っぽい白いイヤホンを首に引っ掛け、しかも学校の顔ともいうべき正門前の大きな木の下で、カバンに肘をついて、レンガ風花壇の上に器用に寝転んでいる。正直、腰が痛そうだった。


「……先日はお世話になりました」

「お前ら、結局何して遊んでたんだ?」


 まだ怒ってるのかな……、と少し様子を伺おうとしたけれど、蛍さんは最初に会ったときと変わらなかった。表情も注意深く観察するけれど、特に「怒り」の要素は見当たらない。


「……桜井くんが言ったとおり、ビーチバレーをしていたんですが。ボールが海に入ったことをきっかけに次々と海へ落ちる遊びになりまして」

「やべーな、頭悪いな」


 私もそう思う。蛍さんは起き上がってピンクブラウンの髪をくしゃくしゃと混ぜた。


「……蛍さん、何していらっしゃるんですか?」

「あ? あー、今朝、寝覚め悪かったからとりあえず来て、んでも校舎開いてなかったから昼寝してたんだよ」


 全然意味が分からないし、その意味では桜井くんと同じくらい頭が悪い。寝覚めが悪かったから学校へ来て、しかも校舎が開いてない時間帯って一体いつだ。もしかしたら電車にもバスにも乗らず来たんじゃないかと考えた後でバイクという選択肢を思い付いた。


「んで、どうするか考えたか?」


 ……蛍さんがくれた紙切れは、部屋の引き出しの中にしまってある。電話番号の登録もまだしていない。


「……まだです」

「あそ。時間が経つと深みに(はま)るぞ」


 蛍さんは胡坐(あぐら)をかき、そのまま膝の上に肘をついた。そうやってコンパクトに収まる体を見ていると、とてもあのゴリラをぶっ飛ばした人には見えないのだけれど……。


「……こうやって蛍さんと話すことはいいんですか?」

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