ぼくらは群青を探している
 席に着きながら声をかけると、雲雀くんは少し視線を上げた。いつもならもう少し顔を上げるので、きっと蛍さんに言われたことを気にしているのだろう。


「これ、借りてたパーカー。ありがとう」

「…………ああ」


 雲雀くんの返事が一拍どころか二拍は遅れた。雲雀くんの眉間には若干の皺が寄ったし、なんなら視線は何かを探るように素早く動いた。


「英凜! おはよーっ」


 それを遮るように、陽菜に横から突進された。そのまま抱きかかえられるように机を立たされ「え、なになに」と窓際まで連れていかれる。陽菜は妙に真に迫った顔で「なにじゃねーよ!」と小声で怒鳴るなんて器用なことをした。


「雲雀にパーカー借りてたってなに? なに!?」

「……ゴールデンウィークに一緒に海で遊んだんだけど、服が濡れたから雲雀くんが貸してくれてた」

「いやツッコミどころしかねーわ。まずなんで雲雀と遊んでんだよ!」

「桜井くんと荒神くんも一緒だったよ」

「荒神……荒神舜? 知ってるわソイツ、ユカと付き合ってるヤツだろ?」

「いやそれは知らないけど」


 荒神くんの様子からは特定の彼女がいるようには到底見えなかったけど、要らない情報なのでその真偽に興味はない。


「で、なんで五月に海だよ!」

「それは私に聞かれても。多分桜井くんの思考だと、荒神くんがバイクの免許を取った、遠出ができる、じゃあ海に行こう、くらいだったんだと」

「全然意味分かんねーわ……」


 我ながら桜井くんの思考過程を上手にトレースできた気がする。でもそれが陽菜を納得させることができるかというと、それはまた別の話になる。


「で……なんでパーカー借りたんだよ」

「桜井くんにふざけて海に落とされて服が濡れたから貸してくれた」

「エロいわ」

「むしろ逆では? 濡れた服を隠してくれるわけだし」

「つか、あたしも雲雀のパーカー着せられたい。〝彼パーカー〟やりたい!」


 陽菜は今日も欲望に忠実だ。くぅー、と陽菜は羨ましそうにぎゅっと目を(つむ)る。陽菜から聞かされて「彼シャツ」という概念は知っていたので、それのパーカー版だろう。でも雲雀くんは彼氏でもなんでもないのでその表現は不適切だ。


「つか英凜、マジで完全に桜井と雲雀の仲良しだよなあ」


 陽菜は窓枠に腰かけながら、興味半分、心配半分みたいな表情で呟いた。


「っていっても、最初ほど心配じゃないんだけど。桜井と雲雀、入学式のあの日以来、別に暴れてないし」

「……まあ無暗(むやみ)に暴れる人じゃないよ」

「でもさあ、なんか群青(ブルー・フロック)のメンバーだっていう人に聞かれたんだよ。五組に三国英凜っているだろ、桜井と仲良いヤツみたいな。あ、大丈夫、桜井と仲良いかどうかは答えなかったから! 知らないって言っといた!」


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