ぼくらは群青を探している
「え、そうなの。侑生って妹以外に興味あったんイッテェ!」


 桜井くんの手からぽとりと菓子パンが落ち、桜井くんはそのまま足を抱える。


「なあ侑生、(すね)は酷い! 痛い!」

「つか牧落、飯食ったのか」

「無視!」

「まだ。学食で友達に席頼んでるから、もう帰る。あーあっ、普通科と特別科だと順位も別々だから、勝つなら実力テストだって思ってたのに!」


 牧落さんはふくれっ面で、その割に私に笑顔を向けて「ね、昴夜たちと遊ぶなら、あたしとも遊んでね! またね!」と言って教室を出て行った。

 私が呆然としていると、陽菜が「え、マジあの子めっちゃ可愛くない? 多分学年で一番可愛いわ」と呟いた。陽菜の美少女基準は高いので、つまりそういうことだ。


「……桜井くんの友達?」

「あー、うん、俺の幼馴染なんだよね」


 桜井くんは足を抱えたまま、大きな目に涙を浮かべながら頷いた。そういえば、桜井くんが私に勉強を頼んだとき、雲雀くんが桜井くんには幼馴染がいるなんて話をしていた。


「……雲雀くんとも友達なんだよね?」

「いや、俺はあんま知らね」

「嘘吐くなよ。たまーに顔は合わせるんだよ。侑生、こんなんだから胡桃にも愛想悪いの」桜井くんは牧落さんが出て行ったほうを見ながらそう言って、不意にハッとしたような顔で雲雀くんを振り向き「お前マジで三国にだけは愛想いいけど三国のこと――」今度は椅子ごと蹴られ「待って! 死ぬ!」と頭からひっくり返りそうになったところを、(すん)でのところで両脇の机を掴んで耐えた。


「冗談じゃん? 本当に危ないからやめて? 俺じゃなかったら頭打ってるからね!?」

「打てばよかったのに」

「なんだと!」

「俺、数学できない女、嫌いなんだよな」


 それが牧落さんに対する評価なのだということに気付くまで暫くかかった。でもいわれてみれば、さっきの話ぶりからして、牧落さんは数学ができないのだろう。桜井くんは「でも胡桃、中学の頃から数学得意だつってたよ?」と首を傾げるけど雲雀くんは無視した。


「あと、馴れ馴れしい」

「あー、お前はそういうの嫌いだよね」


 それは、なんとも反応に困るというか、つい自分の言動を(かえり)みざるを得ない話だった。いかんせん、あの様子だと牧落さん側からは桜井くんも雲雀くんも仲が良いのに、雲雀くんにとってはそうではない、と。もしかすると、私が雲雀くんを好きなのも一方的なのかもしれないという不安がよぎる。

 海では大丈夫だっただろうか、変に馴れ馴れしい態度をとってしまっていないだろうか、今朝パーカーを渡したときも変な反応をされたけど何か気に食わないことがあったんじゃないか……と色々考えながらもくもくとお弁当のおかずを頬張っていると、桜井くんが私を見た。


「あ、大丈夫だよ三国。コイツ、三国のことはちゃんと好きだから」


 今度こそ、桜井くんの椅子は派手にひっくり返った。

 ガァンッ、と金属のぶつかり合う音が響き渡る中に「ぐお……痛い……」という桜井くんの小さな泣き声が混ざった。
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