ぼくらは群青を探している
 新庄の顔がゆっくりと私に向けられ、心臓をナイフの背で叩かれたような緊張が走った。そのまま新庄は大きく一歩踏み出すだけで私の前に立ち、腰を曲げ、私を間近で見る。拍子に、甘苦い煙草の臭いがしたので思わず顔をしかめた。


「とりあえずねー、今の状況、分かる?」


 口を開くと、声が震えてしまいそうだった。下手なことを口走れば私もさっきの人のように殴られるんじゃないかと怖かった。

 でも、大丈夫だ。この人は私達には危害は加えない。深呼吸さえ震えそうになるのを必死に堪えた。大丈夫、私達に危害を加えると、勧誘したい二人の反感を買うだけだ。だから私達には危害を加えない。大丈夫。


「……桜井くんと雲雀くんを深緋に欲しいけど、二人がただで頷くはずがないから、頷かないと私が酷い目に遭うよと脅迫するために私を誘拐して、いまの言葉を雲雀くんに電話で伝えてほしい、ってことですよね」

「おーっ。すげー、本当に頭いい」


 ゆっくりと吐き出した回答に、まるでオットセイのように新庄は手を叩いた。隣の荒神くんが私を凝視しているのは分かったけれど、目を合わせる余裕さえなかった。ソファにいる他の三人は「なんか物分かりのいい人質きたな」と笑っていた。


「で、呼べるの?」

「……雲雀くんが、電話に出てくれれば」

「あそ。んじゃさっさと電話しよ。ケータイ出して」

「……手を(ほど)いてくれないと無理です」

「あー、ごめんごめん。ほどいてやって」


 新庄の指示で、殴られてないほうの誘拐犯が慌てたように私のロープを解き始めた。きっと私が何かできるとは思われていないのだろう。反面、男だからか、荒神くんの腕は縛られたままだった。

 スカートのポケットから携帯電話を取り出して差し出すと、新庄はそれを手に取り「あー……マジで群青の連中とは関係ないんだなあ。雲雀以外、女子の連絡先しか入ってねー。あ、荒神はいんのね」と少し中身を確認して「はい」と雲雀くんに対する通話ボタンが押された状態で携帯電話を差し出した。「発信中」と表示された画面と新庄の顔を交互に見ると、ちゃんと喋りなとでもいうように顎が動いた。

 プツッと音がするまで、そう時間はかからなかった。


「《なんだ、三国》」

「……雲雀くん、いま――」

「いま、あなたの三キロ北にいるの。なんてね」

「《……誰だお前》」


 さすがに、その雲雀くんの声が剣呑(けんのん)さを帯びていることくらい分かった。新庄は「久しぶりだねえ、雲雀」と私の代わりに話し始める。


「北中の新庄だけど、覚えてる?」

「《……新庄篤史か? 三国と仲良かったなんて初耳だな》」


 電話の向こうから「なに? 三国じゃないの?」と桜井くんの無邪気な声が聞こえた。


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