ぼくらは群青を探している
 きっと、灰桜高校からここまで来るのにかかる時間は、車で十分。〝7分21秒〟を刻んだ通話時間は、充分とはいえないけれど、不充分ともいえない程度の時間ではある。

 新庄の口角が一層吊り上がった。その手は制服のスカーフを、優しいと言えるほどに丁寧に優しくほどく。


「ねえ、三国ちゃん、知ってる?」


 新庄の手が咥え煙草を取り、私の顔の真横で、ジュッと押し潰す。耳元で、ジリ……と火が(つぶ)れる音がした。その音に反応したのか、心臓の鼓動ごと体が揺れている気がした。


「相手が処女かどうかで、犯罪って違うんだってさあ」

「新庄ッ!」


 私の位置と姿勢から、荒神くんは見えなかった。せいぜい分かるのは、私が息を詰めたのと、荒神くんが叫んだのが同時だったということくらいだった。


「三国に手出したら、昴夜たちは絶対深(ディープ・)(スカーレット)に入んないぞ」

「手出したって、分かんのかなあ?」


 新庄の手はセーターのボタンを一つずつ丁寧に外した。するりと、セーラー服からセーターが滑り落ちるようにはだけられた。

 ずっと早鐘(はやがね)を打っている心臓は、もうそのままセーラー服を突き破ってしまいそうだった。新庄の手は、私の胸よりも先に心臓に触れてしまうのではないかと思えるほど、心臓の鼓動は大きかった。心臓が口から飛び出そうというのは、こういう有様をいうのだろう。


「大丈夫だよ、顔を殴ったりしないから。大丈夫」


 その笑みの裏にある下劣(げれつ)さは、経験則も論理則も関係なく、無根拠に、まさしく直感したと言えるほどダイレクトに伝わってきた。


「三国ちゃんと荒神が黙ってれば、三国ちゃんが犯されたかどうかなんて、分かんないよお」


 ジリジリとセーラー服のチャックが上げられた。セーラー服の中に入ってきた手は、無遠慮に私の胸に触れる。他人に触られて初めて分かる自分の体の柔らかさに、ドッと再び心臓が跳ね上がった。新庄は吹き出す。


「すっごい心臓速い。こんなんでよくそんな表情(かお)でいられたねえ。本当は怖くて堪らないでしょ?」


 ……怖いに、決まってる。薄暗い倉庫で、冷たいコンクリートの上で、十数分前まで顔も知らなかった男に馬乗りになられて、制服を脱がされかけて、怖くて堪らなくないわけがない。

 体だって、コンクリートに自分で自分を押し付けるようにして(こら)えなければ、ひとりでに痙攣(けいれん)し始めてしまいそうなほどに震えていた。新庄が喋る間、何も返事をしないのだって、声を出そうとしても、まるで喉に詰め物でもされたように、声が出ないから。涙が出ないどころか目がカピカピに渇いてしまっているのは、きっと恐怖のあまり神経が麻痺してるから。

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