ぼくらは群青を探している
 怖くて怖くて、堪らなかった。散々蛍さんに忠告されたって、何も分かってなかった。こんな目に遭うなんて思ってもなかった。後悔なんてないけれど、本当に、怖くて仕方がない。

 顔に何もでなくたって、私にだって、感情くらいあるんだから。


「ッ──三国は蛍永人のお気に入りだ!」


 荒神くんの言葉を聞き入れようとしなかった新庄の手が、それを聞いて止まった。

 するっと、間抜けなほどにあっさりと新庄の手はセーラー服の中からいなくなった。


「荒神、それ、本当?」


 新庄は私の上に乗ったままだった。私の上に乗ったまま頬杖をつき、多分荒神くんがいるところを振り向いた。


「……本当。この間も、三国が襲われたとき、永人さんがわざわざ出てきて助けてくれたくらいには、お気に入り」

「……ふーん?」


 新庄が少し考え込む。蛍さんの名前は覿面(てきめん)で、荒神くんの声がしたのと似たような位置から「ってことは群青が出てくる?」「お気に入りったって姫じゃねーだろ」「でもここに来られたら……」とコソコソと話し合いが始まった。

 新庄が再び私の携帯電話を手に取って私に見せた。通話履歴には「雲雀侑生」「三国妙子」「三国妙子」「雲雀侑生」と並ぶ名前のほかに、電話番号だけの表示がある。


「……これ、蛍永人の電話番号なんて言わないよねえ?」

「……ゴールデンウィークに、永人さんは三国に電話番号を渡してた」


 その荒神くんの声を合図にしたように、カンッと携帯電話が放り投げられ、そのままカラカラと倉庫の隅に転がっていった。新庄はすくっと立ち上がる。


「撤収」

「え?」

「三国ちゃんと荒神は置いてく。群青の――蛍永人が来るとなると、ちょっとマズイ。電話してそろそろ十分、下手しもう来るよねえ?」


 そうと決めた新庄たちの動きは、早かった。ただ、コンクリートに寝転がった状態からは、足音の振動と「本当に蛍永人のケー番か?」「知らねーよ、でも本人だとマズイだろ」「つか渡されたって覚えてるわけなくね」「いいから早くしないと」と慌ただしい会話を聞くことしかできなかった。


「三国ちゃん」


 寝転がったままの私の隣に、新庄が(かが)みこむ。その人差し指は、秘密だよとでもいうように私の唇に押し当てられた。ぞわりと全身の産毛が粟立つ。


「続きはまた今度ねえ」


 その微笑みは、まるで恋人に向けるようなものだった。

 その新庄が視界から消えて暫く、倉庫内には静寂(せいじゃく)が訪れた。私の心臓はまだドクドクとうるさく鼓動していて、平静を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだった。まともなのは頭の中だけで、まるで理性と本能が切り離されているかのように、ぐるぐると思考回路が動いている。

< 81 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop