ぼくらは群青を探している
 はっと振り向けば、桜井くんの顔が目の前にあった。


「え、あ」


 やっと声が出たかと思ったら、コホリと咳が出た。新庄の前ではあんなにペラペラと喋っていたのに、そんな自分は別人だったんじゃないかと思えるくらい、上手く言葉が出なかった。


「大丈夫か? 新庄になんかされてない!?」


 荒神くんの視線が私に向く。それに気づかないふりをして、首を横に振った。


「……大丈夫」やっと言葉になった声は(かす)れていて「……大丈夫。何もされてないから」


 ほーっ、と桜井くんが息を吐きだしながら俯いた。私の肩を掴む手からもゆるゆると力が抜けて、安堵(あんど)が伝わってくる。

 あとで、荒神くんに口留めしなきゃ……。ゆっくりと、何度か瞬きをする。目はカピカピに渇いていた。きっと、自分でも気づかないうちに目を見開いてしまっていたのだろう。


「マジでビビった……。アイツ本物のクソ野郎だから……三国になんかあってもおかしくなかったから……マジで……」


 桜井くんは、何にも気付かなかった。自然といえば自然なことだった、私には外傷はないし、制服だって乱れていないし、私が何もしていないと言えば何もされていないことになる。

 手出したって、分かんのかなあ? ――その新庄の言葉は正しかった。私と荒神くんが何も言わなければ、私は何もされていないことになる。たとえあのまま最後までされていたとしても――。そう考えると、背筋が凍る思いだった。


「おい、結局誰もいねーのか?」


 扉がもう少し開いて、今度は蛍さんが入ってきた。その背後には知らない長身の人もいる。長身の人は入口に留まり、蛍さんだけが中に入って来た。

 蛍さんは私の前に立つ。私は、床にへたり込んだまま、呆然と蛍さんを見上げる。

 そうして暫く、蛍さんがここにいる原因が自分の電話だと思い出した。


「あ……、あの……蛍さん」

「女子と五分以上通話したのはお前が初めてだぞ、三国」


 ちゃんと着信があったことを示すように、蛍さんは携帯電話を取り出して振ってみせた。


「……すみません」

「桜井達と縁切る準備ができたら電話しろっていったのに、なあ?」


 蛍さんは笑っていたけれど、文脈のおかげで皮肉を読み取れた。


「よりによって、(ディープ・)(スカーレット)の新入りに誘拐されて、その助けを(ブルー・)(フロック)のトップに求めるとは、いい度胸してんな」


 蛍さんの視線が一瞬、私の脇に動いた。でもそれが何を見たのかは分からなかった。分からないまま、蛍さんの視線は私に戻る。


「どうする、三国。俺はタダじゃねーよ。お駄賃でもくれんのか?」


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