ぼくらは群青を探している
 そして、開いた障子の向こう側にいたおばあちゃんの、その後ろから現れた桜井くんを見て口を(つぐ)んだ。


「……え」

「…………」

「桜井くん、ほら入り」


 おばあちゃんはなんの説明もせずに居間にあがる。桜井くんは買い物袋を両手に持って立ち尽くしていた。私だって、いつものように掘りごたつから上半身だけもぐらのように出たまま固まっていた。


「桜井くん、お茶を入れんとね。座っとき」

「え、あ、ううん、大丈夫、です、つか手伝います」


 呆然とした私の前を、ガサガサと買い物袋の音をさせながら、桜井くんの足が通過する。台所からは「ほら、おいしそうなおまんじゅうでしょう」「……そうですね!」なんて聞こえてくる。

 状況が読めずに呆然とし続けていると「三国」と台所から桜井くんが顔だけ覗かせて、ちょっとだけ気まずそうに視線を泳がせた。


「上、なんか着て」


 そこで自分がキャミソール姿だったと思い出し、慌ててこたつから飛び出た。お陰で読んでいた本を蹴っ飛ばした。

 部屋に戻ってティシャツを被り、鏡の前で目を白黒させる。髪がくしゃくしゃであることにも気付いて慌てて手櫛で整えた。


「……なに?」


 一体何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。


 居間に戻ると、いつも私とおばあちゃんしかいない掘りごたつの前に桜井くんが座っていた。机の上には、ご丁寧に急須(きゅうす)と湯呑とおまんじゅうが人数分並んでいる。夢でもなければ幻でもないらしい。

 本当に一体何事だ……と呆然としながら座ると「桜井くんがねえ、助けてくれたのよ」とおばあちゃんだけがいつもの調子で話し始めた。


「いや助けたとかそこまでじゃ……」


 桜井くんは、湯呑のお茶をすすりながら歯切れ悪く返事をする。ほんのりとその頬は赤い。


「修学旅行で来とる子がねえ、電話したいからお金を貸してくれってねえ、そりゃ貸してあげんとって思ってお財布出そうとしてねえ」

「……修学旅行中に家に電話したい子なんている?」

「俺もそう思ったんだよ……」


 桜井くんは神妙な面持ちで頷いた。お陰で状況が把握できた、自称修学旅行生がおばあちゃんにお財布を出させようとしていたところを桜井くんが助けてくれたのだろう。おばあちゃんは「そうかねえ……」と首を傾げているので、きっとカツアゲ被害に遭っていた自覚がなかったのだろう。


「……ありがと、桜井くん。助かった」

「いやだからえっと……」

「それにしても、桜井くんちゃ、本当に可愛い顔をしとるねえ」

「あ、よく言われます」


 おばあちゃんを助けたことについて妙に恥ずかしがるかと思えば、この有様だ。桜井くんの辞書に謙遜の文字はない。それどころか緊張も解けたらしく、もぐもぐとおまんじゅうを頬張って「これおいしい!」とおそらく素で口にした。


「あ、でも本当はカッコイイ顔って言われたかったなって」

「そうじゃね、男の子に可愛いって言っちゃいけんね。カッコイイって言わんとね」

「まあ侑生が女顔なんでいいんですけどね!」

「雲雀くんだよ。ほら、雲雀病院の」

「ああ、若先生の息子さんかね。そりゃあ、若先生がハンサムやからねえ、息子さんもハンサムじゃろ」

「いやー、ばあちゃん、あれは美人だよ」

「桜井くん、雲雀くんにバレたら殴られるよ」


 つい一ヶ月と少し前に雲雀くんの女顔をからかった三年生が鼻血を出していたことを思い出してしまった。というか、桜井くんはこの間も雲雀くんをからかってひっくり返ったばかりでは。


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