ぼくらは群青を探している
「でも、桜井くんは顔がねえ、はきっとしとるからねえ。きっと大人になったらハンサムになるよ」

「あー、そうなのかな。だったら、そこは母さんに感謝かな」

「お母さん似なの?」


 もともとおじいさんと二人暮らしで今は一人暮らしと聞いていたし、桜井くんの口から父親の存在をにおわせる話は聞いても母親の話は聞いたことがない。そんなことを思い出しながらごく自然に口にしただけだったのだけれど。


「母さん似つーかイギリス人の遺伝子?」

「は?」


 あまりにも唐突過ぎる情報に素っ頓狂な声が出た。なんなら危うくお茶を吹くところだった。


「え……なに?」

「あれ、言ったことないんだっけ? 俺、母さんイギリス人だよ。ハーフ」

「はあ!?」


 再び素っ頓狂な声が、しかも最大限のボリュームで出てしまった。桜井くんは「おお、三国がおっきい声だした……」なんて、まるで大した情報ではないかのような態度だ。


「え、いや、待って。え、じゃあなに、この髪って地毛? 本物のブロンド!?」きらきらの金髪を指差す。


「え、いやこれは染めてるんだけど」桜井くんはすっとぼけたまま「もともとはもっと暗い。ライトブラウンって感じ。ほら根っことかそうじゃん」


 ほらほら、と髪を引っ張ってみせるのでつい覗き込むと、確かに根元は金ではなかった。ただ黒くはないし、なんならライトブラウンというより栗色に近い気がした。

 ただ、だから「へえー、そうなんだ」なんて納得できる話ではない。桜井くんがハーフなんて、寝耳に水だ。雲雀くんも荒神くんも、そんなことは一言も言ってなかったのに。


「……え、なに? ハーフとかなに? 急にそんなこと言われてもついていけないんですけど……」

「なにって言われても。あー、顔はね、父さん側の遺伝子がちょっと強かったよね。お陰でハーフとかなんとかって言われることないもん。だから全然気づかれない」

「……いやいやいや」


 あまりにも衝撃的な事実のせいでどう相槌を打てばいいのか分からなかった。別に、ハーフだということ自体はそれほど珍しくないし、それを聞いたからといって態度が変わるわけでもないのだけれど……、ただこの二ヶ月弱の間に知らなかった話なので頭がついていかない。

 とはいえ、聞いた途端に桜井くんのパーツに西欧の遺伝子の気配を感じ始めた。女子顔負けのぱっちり目くらいは認識していたけれど、よく見れば長いまつげはくりんと持ち上がっている。瞳の色だって明るい茶色だ。眉間の彫の深さも、ただ顔が濃いのではなく、正真正銘白人のもの……。


「……雲雀くんもハーフとかなんて言わないよね?」

「いやアイツは全然、圧倒的な日本人。でもアイツのほうが背高いんだよな、もうすぐ俺が追い抜くはずなんだけど」


 むむっと桜井くんは唇をへの字に曲げてみせた。確かに鼻も高い……。


「……言われてみれば身長……」

「だからね、これは伸びるの! いま父親側の遺伝子使い切ったところ! もうすぐ母親の遺伝子が元気になる!」


 まったく意味が分からなかったけれど、桜井くんがそう言うのならそれでいい気がした。おばあちゃんは「男の子はあとから伸びるからねえ、隣のノボルちゃんだって中学生までこんなに小さくて、あら女の子かしらって思いよったけどねえ、高校生になってから背が伸びて」なんて与太話(よたばなし)のような慰め話をしている。


「……ていうかおばあちゃん、今日は斉藤さんとご飯食べるんじゃなかったの」

「……あらっ、こりゃいけん。はよう準備せんと」


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