ぼくらは群青を探している
 ゆっくりと、ただ気持ち急いでおばあちゃんは立ち上がる。桜井くんはもぐもぐとおまんじゅうを食べる口を動かし続け、やがて一気に流し込むように湯呑を傾けた。


「……じゃあ俺も――」

「桜井くん、おばあちゃんはもうすぐ出るからね、ゆっくりしていきなさいね」


 まるで逃がすまいとするかのように、おばあちゃんが先手を打った。桜井くんはおまんじゅうを呑んだ後の顔のまま、ぱちぱちと何度か瞬きし、助けを求めるように私を見る。そりゃそうだ、急に知らないおばあちゃんに連れて行かれたかと思えばおまんじゅうを食べさせられるし、家にはクラスメイトがいるし、挙句の果てに連れてきた本人はいなくなろうとするし。


「……桜井くん、別に気にしないで。おばあちゃん、あと一時間くらいで出るから」

「……三国のばーちゃん、三国に似てんな」

「今までの流れでどこが?」

「え、なんかこう、人の話聞かないで自分の世界で話進んでるところ?」

「私そんなんじゃないじゃん!」


 今までそういう風に見られていたなんて、ショックだ。というか、能天気な桜井くんがこれなのだ、雲雀くんにも同じようなことを思われているかもしれない。


「えー、そんなんだよ。侑生も言ってたし」

「言ってたの!?」

「なんか頭の回転早いのにボケーッとしてんなって」


 まさしくその頭を金づちでガンガン叩かれている気がした。クラスの仲が良い男子にそんな風に見られてたなんて知りたくなかった。


「……っていうか、桜井くん、今朝なにしてたの?」

「なにって?」

「だって桜井くんの家、ここから遠いでしょ」


 おばあちゃんが行ったスーパーは、家から自転車で十分程度の距離にある。桜井くんの家の場所は知らないけれど、桜井くんが西中出身でその校区内に住んでいるとすれば、スーパーの近くをふらっと通りかかるわけがない。


「ゆあばすけっとの隣にミセス・ドーナツあるじゃん? あそこで朝バイトしてたの。五時から九時」

「ああ、そういう……」


 そういえばそんな話もあった。バイト先が遠いとは言っていたけれど、まさかうちの家の近くだとは。


「あ、てか三国、ピアノ!」


 桜井くんはハッと思い出したような顔になった。いや、現に思い出したのだろう、そのワードと一緒に顔を輝かせた。


「ピアノ、あるんだよな? 聴きたい」

「……いいけど、この間話してたのは楽譜がないよ」

「それじゃなくてもいいからさ」

「……それならいいけど」


 でも桜井くん、クラシックなんて分からないんじゃないのかな。

「私の部屋だから、こっち」と廊下の奥へと案内する。木目調のクローゼット、学習机、本棚そしてグレーのソファがある中で、黒いアップライトピアノが存在感を放つ。桜井くんは他の家具に目もくれず、そのアップライトピアノに心惹かれるように駆け寄った。


「へーっ、いいな、全然分かんないけど!」


 分からないのにいいなってなに。興味津々に楽譜を手に取るくせにあっけらかんとそう言ってのける桜井くんにツッコミを入れずにはいられなかった。本当は口に出したかった。


「どれ弾けるの?」

「どれ……っていうか、まあ、そうだね……どっちかいうとどれを聴きたいかってほうだと思うけど」


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