虐げられた令嬢は貴公子の夢を見る ~気がついたら幸せな結婚が決まっていました~
 夜がふける雨の中、商店の扉を叩き、なんども頭を下げてリンゴを買った。
 雨上がりの暗い夜道を心細くなりながら歩いた。

 その日は実りの月の最終日、魔物の国であるアシュディウムとの扉が開き、様々な魔物がやってくるとされていた。そんな夜に一人で買い物に行くなんて怖くてたまらなかった。もちろん、ティアリスはセレスティーンを怖がらせるためにそうしたのだ。

 びくびくしていたせいだろうか、しくしくと泣く声に気づいたとき、最初は魔物が現れたと思って心臓が止まりかけた。

 だが、耳を澄ませた彼女は、それが子供の泣き声だと気がついた。
 どうして、と思ってそちらに行き、驚いた。本当に幼い子どもが泣いていたからだ。

「どうしたの?」
 声をかけると、男の子は涙に濡れた金の目をセレスティーンに向けた。
 美しい、とセレスティーンは思わず見とれた。紫の髪はつややかで、顔の造形は神が作りたもうた最高傑作のようだった。

「お供とはぐれちゃった」
「まあ、迷子なの?」

「違う。迷ってはいない」
 強がる男の子がなんだかかわいくて、つい頬に笑みが浮かぶ。
「でも、帰れないんでしょう?」
 彼女の問いかけに、彼は頷く。

「えっと、こういうときは警備隊かしら……」
 つぶやいたセレスティーンに、男の子ははっとしてしがみつく。
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