虐げられた令嬢は貴公子の夢を見る ~気がついたら幸せな結婚が決まっていました~
 どこからどうやって入ったのか、セレスティーンにはまったくわからない。彼女は紫の髪を長く垂らしていて、古風なドレスを身に纏っている。

「お探し申し上げました」
「良かった、母上が来てくれた」
 彼女の声に、男の子はほっとしてそう言った。

此方(こなた)には世話をかけた」
「いいえ、大丈夫です」
 大仰な言い方と迫力に気後れしながらなんとか答える。

「俺、今日は帰るね」
「迎えが来てくれたのよね。良かったわ」

「じゃが、このままではちと不都合があってな。記憶を消させてもらうぞ」
「ダメだよ、母上!」
 彼が止めるのも聞かず、女性は軽く腕を振る。

 きらきらした霧が降ってきて、綺麗だ、と思ったとたんにセレスティーンは崩れるように眠りに落ちた。

 翌朝起きたセレスティーンは、男の子のことを覚えておらず、屋敷の誰も彼もが男の子のことを忘れていた。


***


「思い出した……あの夜に、男の子を……だけど、年齢が」
 セレスティーンは目の前の青年を見る。あのとき、男の子は五歳か六歳かその程度に見えた。今目の前にいる彼は二十代半ばのように見える。
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