愛したがりの若頭と売られた私
「江戸川様!おかえりなさい!
………これ、頼まれていた鍵です!」

「あぁ。
茉咲さん、家の鍵です!
なくさないようにしてくださいね!(笑)」
管理人から受け取り、そのまま茉咲に渡す。

「はい」
それを両手で包み込んだ、茉咲。

“嫌われないようにしないと!”
そう心の中で、自分に言い聞かせた。


エレベーターで最上階に上がり、家の中へ。

広々としたリビング。
大きな窓。
シンプルで、高級感のある家具の数々。

「素敵…!」
思わず、声に出た。

「そうですか?
でももう…ここは、茉咲さんの家でもありますよ?(笑)」

「あ…」

そして、ソファに並んで座る。
ローテーブルに婚姻届を出す、夜凪。

夜凪の所と、証人の欄には知らない男性“池治(いけじ)”と茉咲の父親の名前が書かれていた。

「あ、これは、僕の部下です。
僕の右腕のような男です」
茉咲の視線に気づいたのか、池治の名前を指差し言う。

「そうなんですね」

そう言って茉咲は“妻になる人”の欄に名前等を書いた。


「明日、一緒に出しに行きましょうね!
その後指輪を取りに行って、二人だけの結婚式をしましょう!」

「あ、あの…!
江戸川さんに嫌われないように、頑張ります……!
よろしくお願いします…!」

微笑み頭を撫でる夜凪に、茉咲は頭を下げ言った。

それから夜凪がコーヒーを淹れている間に、キャリーケースの中身を片付けようと思い開ける茉咲。

中身は数着の服と通帳と印鑑、茉咲がずっと大切にしている兎のぬいぐるみだけだった。

(良かった…
このぬいぐるみだけあれば、後は買えばいいし…)
ぬいぐるみを抱き締め、ホッと息を吐く。

「茉咲さん、コーヒー入れ―――――え?荷物…これだけ……?」
後ろから覗いてきた夜凪の瞳が、切なく揺れている。

「あ…」

「明日、買い物にも行きましょうね!」
でもすぐに、茉咲に微笑み頭をポンポンと撫でた。

「はい、すみません…」

それから、コーヒーを飲む二人。

「そのぬいぐるみ、随分古いみたいですね(笑)」
ぬいぐるみを優しく取り、はぎれで縫っている兎の頬をなぞる。

「あ…
私が捨てられてた時に持っていた兎らしくて……
ツギハギだらけで、洗濯何度もしてるからボロボロですけど……
捨てれなくて……(笑)」

「そうなんですね!
じゃあ…」

苦笑いする茉咲にそう言って、棚の上に置いた夜凪。
そして「この子も、茉咲さんと同じくらい大切にしないとですね!」と言い笑った。


「――――江戸川さんは、お優しいですね…!」

コーヒーを一口飲んだ茉咲が、夜凪に言う。

「え?」

「私なんかにこんなに気にかけてくれて、兎のぬいぐるみも大切にしてくれてる。
そんな人は、バイト先の友人くらい…かな?」

切なく微笑む、茉咲。
夜凪は、茉咲の手を取り指を絡め言った。

「だって僕は、茉咲さんが好きだから……!」と。
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