消えた三日月を探して

◌ ͙❁˚壱『思い立ったが吉日』

「何がそんなに不満?」

────それは突然聞こえた声。

 驚き跳ねる肩に目を見開いたまま、声が聞こえた左側を見遣る。少し離れた場所に同じよう座る青年らしき横顔が、「こんなにいい天気なのに」と正面を向いたまま水面に声を投げていた。

 それは新緑の隙間から覗く木漏れ日のような暖かな声色で、耳に心地よく響く中低音は優しく柔らか。変わり映えのないこの風景に華を添えるようなその存在感がどこか懐かしくて、勝手に親近感。

 何だか可笑しくて思わず笑みが零れる。

「笑えるんだな、一応。心配して損した」

「そんなに落ち込んでるように見えた?」

「何か思い詰めてるのかな? って。不安とか⋯⋯迷いがあるとか。まぁ、俺には関係のないことなんだけど」

 聞こえた言葉にやっと視線が重なったかと思えば、明朗な口調で愛想ない一言をお見舞される。そよ風に煽られ目元を覆う前髪を人差し指で払いながら、口許にはうっすら笑みを浮かべていた。

「俺もよく来るんだ、ここ」

「そう⋯⋯。私は久しぶり」

 穏やかな流れに、微かに波打つ水面。彼を通り越した左側の風景には大きな橋が架かり、たくさんの人々がその上を行き交っていた。

 五月のゴールデンウィークをひとつの区切りと決め、帰郷を果たして数日。早朝の川岸で土手に足を放り投げて座り、目の前をゆったりと流れる川を無心で眺める。かれこれ一時間弱、何をするでもなくただぼんやりと過ごしていた。

「久しぶりってことは、地元の人?」

「そう。最近帰ってきた」

「なるほど」

 彼との距離は大凡、二、三メートル。

 互いの間に空いた隙間と呼ぶには少々広すぎるその空間を、そよそよと絹のようなそよ風が吹き抜けていった。

「なかなか見つからなくて⋯⋯⋯⋯自分の居場所⋯⋯」

 その言葉は無意識。

 例えば、人生の目標は何か? と問われたとして、明確に答えられないのが今の自分。少し前まではそれなりの理想があった気もするが、気づけばそれさえも忘れてただ迷子。何の達成感も得られず、今や挫折感と虚無感しか残せていない惨めな人間となっていた。

「夢中になれるものが欲しくて⋯⋯なんて、それこそ今更か⋯⋯」

 成人して間もなく、早三年。自分はもう大人だと息巻いていた人間が、今更何をボヤいているのか。物事を上手く消化出来ないのは、小さい頃から何も変わっていない。短所ばかりが目立つ自分に今一番ピッタリの言葉は「中途半端」────その一言に尽きると思った。
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