消えた三日月を探して
すっかり日は沈み、夜が街に華やかさをもたらす。「ここ最近は大丈夫か?」と私の体調を気遣うその声は思いのほか小さく、いつぞやの病院の廊下でうちの母に叱られていた子供のように凹んでいた。
「あの時、狭山に聞いたよ⋯⋯何があったのか。それとアリサにも」
全部聞いたと、深く息を吐く。
「本当にごめんな、市松。黙ってて⋯⋯」
「久遠が謝ることじゃないよ。謝るのは⋯⋯私の方」
ゆったりとした時間が流れていく。
「久遠⋯⋯本当にごめんなさい」
「市松⋯⋯」
階守橋から見えるのは、向かい合う二つの花街。それを眺めながら、橋の欄干にもたれ並ぶ私たちは久しぶりにゆっくりと語り合った。
「母さんはさぁ、子供心に俺が拗ねるくらい姉貴を溺愛してた。だからその分、ショックも大きかったんだろうな。頭おかしくなっちまったって親父に聞いた時は、別に驚きもしなかった。まさか俺のことを忘れてるとは思いもしなかったけど」
自虐的に笑う彼は、今更それが演技だったなんて知ったところで何も変わらないと物静かに語る。
「母さんが死んで二年。せめてもの慰めになるならって、あんな格好続けてきたけど⋯⋯俺って母さんにとって何だったんだろうな?」
病のせいから来る妄想だと信じて、結季里姐さんの代わりを演じてきた久遠と、素直になり切れなかった彼の母。二人の関係は結局、互いを思い合い傷つけまいとする深い愛情に満ちたものだった。
「久遠はお母さんにとって、大切な息子。それはあの手紙にも書いてあったし、それはあなたのお母さんの嘘偽りない気持ちよ」
それは信じてあげるべきだと。
それよりも罪深き人間は自分だ。
全てを知りつつ、一人で何もかもを背負い込んで私を守ってくれていた人を置き去りにしていたのだ。
そんな私に対しても彼はどこまでも、優しく温かい人だった────。
「あの時、狭山に聞いたよ⋯⋯何があったのか。それとアリサにも」
全部聞いたと、深く息を吐く。
「本当にごめんな、市松。黙ってて⋯⋯」
「久遠が謝ることじゃないよ。謝るのは⋯⋯私の方」
ゆったりとした時間が流れていく。
「久遠⋯⋯本当にごめんなさい」
「市松⋯⋯」
階守橋から見えるのは、向かい合う二つの花街。それを眺めながら、橋の欄干にもたれ並ぶ私たちは久しぶりにゆっくりと語り合った。
「母さんはさぁ、子供心に俺が拗ねるくらい姉貴を溺愛してた。だからその分、ショックも大きかったんだろうな。頭おかしくなっちまったって親父に聞いた時は、別に驚きもしなかった。まさか俺のことを忘れてるとは思いもしなかったけど」
自虐的に笑う彼は、今更それが演技だったなんて知ったところで何も変わらないと物静かに語る。
「母さんが死んで二年。せめてもの慰めになるならって、あんな格好続けてきたけど⋯⋯俺って母さんにとって何だったんだろうな?」
病のせいから来る妄想だと信じて、結季里姐さんの代わりを演じてきた久遠と、素直になり切れなかった彼の母。二人の関係は結局、互いを思い合い傷つけまいとする深い愛情に満ちたものだった。
「久遠はお母さんにとって、大切な息子。それはあの手紙にも書いてあったし、それはあなたのお母さんの嘘偽りない気持ちよ」
それは信じてあげるべきだと。
それよりも罪深き人間は自分だ。
全てを知りつつ、一人で何もかもを背負い込んで私を守ってくれていた人を置き去りにしていたのだ。
そんな私に対しても彼はどこまでも、優しく温かい人だった────。