消えた三日月を探して
「お前、市松が俺を誘惑した⋯⋯とか思ってる?」

 乾いた風が、二人の間をすり抜けて行く。

「じゃなきゃ、何だって言うの? 高校の時から冴えない普通な女。聡司のタイプじゃないでしょ?」

 近くに造られていた花壇のブロック塀に座る彼を見下ろし、訳が分からないと責め立てる。けれど聡司はその口角を少し上げ前髪をかきあげた。

「あの頃は⋯⋯な。でも、高二の時、皆で行った夏祭り覚えてるか? あの時、浴衣着てる市松を見て意識が変わった。外見だけ着飾ってるの女が『いい女』ってわけじゃないって。ガキのくせにさ⋯⋯生意気だよな。でもあの時の市松がホントに大人っぽく見えて、綺麗だった⋯⋯」

「あの、花魁の写真⋯⋯⋯⋯」

 アリサの言葉に彼は静かに頷く。

 聡司の心はあの写真を撮影した瞬間から、すっかり過去に引き戻され、市松に魅入られていたのだ。

 あの妖艶な姿に────。

 普段の彼女からは想像もできないほど、内から溢れる美しさは、他の追随を許さないほど特別なものだった。

 だから無意識に比べていたのかもしれない⋯⋯と。

「最初にちょっかい出したのは俺の方。だから、罵るなら俺しろよ」

 彼を見つめるアリサの目元からは、一筋の涙がこぼれ落ちていく。

「お市と私の違いって⋯⋯何?」

「違いっていうか⋯⋯⋯⋯お前とは真逆って感じ」

 そう、何もかも真逆な女だ────と。

 見かけに華やかさはないし、性格も事なかれ主義を貫いているお人好し。それでいて周りの人間に愛されており、挙句の果てに幼馴染みまで虜にしてしまう────九条市松とは、そういう女。

「俺を悪く言うのはいいよ。それは全部受け止める。でも、市松だけを責めるようなことは、もうしないで欲しい。頼むから」

 人を(おとし)めるような人間にだけはなるな、と。

「今よりいい女になって、絶対後悔させてやる!」と涙目で聡司を睨む彼女に、「望むところだよ」と立ち上がる。

 アリサの流す涙が日の光に輝いていた。

「なら早くその想い伝えれば? じゃないと、今度こそ久遠に先越されちゃうわよ」

 言う彼女は、高校時代に自分に振り向いてはくれなかった久遠にも恨みがあると話す。

「先なんて、とっくに越されてるよ」

「えっ? どうして?」

「早い話が、市松が迷ってるんだ」

「ホント、癪に障る女。どこまで贅沢なの?」

 吐き捨てるようなその台詞に聡司も苦笑い。

「私、戻るわ」と言うアリサに「メイク直してもらえよ」と告げる。酷い顔だと笑う聡司に「あんたのせいよ!」と、べーと舌を出しながら、彼女はドアの向こうに消えていった。
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