消えた三日月を探して
「来てくれないかと思った」

「撮影終わったばかりでしょ? こんなところにいていいの?」

 自分の仕事は済んだのだと、私の側に立つ。

「俺は、お前が好きだよ」

「それは前に聞いた」 

「だから、俺のものにしたい」

 前置きなくストレートに告げられた言葉を聞き流すよう前を向く。実際、聞き流してなどいない。自分なりに真摯に受け止めているつもりだ。横吹く四間川の風に煽られながら、前にかかる髪をかきあげた。

 静かに波打つ水面に、優しく流れる川のせせらぎ。少し強引に引き寄せられる身体は、自然と彼の腕の中へと囚われて。「私は物じゃない」と呟けば、ふわりと香るフレグランスが心拍数を一気に上げる。

「お前が久遠を大事に思ってのは知ってるし、その気持ちも理解してる。でも、俺はこのまま『さよなら』なんてできない。もう後悔したくないんだ⋯⋯本当に。市松がどんなに俺を遠ざけても、俺自身がお前から離れられないんだよ」

「どうしても⋯⋯」と、そう抱きしめる腕に更に力がこもった。

 ほんの数時間前にアリサに罵られたばかりだ。そう簡単に気持ちを切り替えるなんて私には出来ない。そんな思いを知ってか知らずか、聡司は言う。

「アリサに急かされて、ここに来たんだ」────と。

「どういうこと?」

「早くしないと、久遠に先越されるぞって」

 だから、素直な気持ちを聞かせて欲しい⋯⋯と。

 とても優しい声色だった。全てを包み込んでくれるような、そんな彼の温かさ。けれど言葉が出てこなかった。何をどう言えばいいのか、浮かぶ幼馴染みの顔が、まるでカメラのフラッシュのような余韻を残し消えてくれなかった。
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