消えた三日月を探して
「久遠さんには?」

「まだ、何も言ってない」

「そう。やけど、いつまでも逃げてばかりという訳にはいかんやろ?」

「分かってる⋯⋯」

 聡司と別れて店に戻る途中、階守橋の手前で絹花とばったり。冴えない顔をして歩く私を心配し、声をかけてくれた彼女の優しさに、抑えていた涙が決壊した。

 背中を支えられやって来たのは、彼女のマンション。

 開け放された窓の側で微睡む私に、絹花が一枚の写真を見せてくれた。

「⋯⋯────これは?」

「よく見てや」と言われ、じっと眺める。

「────っこれ、小さい時の私と久遠?」

 そこにいたのは、まだ幼く無邪気だった頃の二人。手を繋ぎピースサインで並ぶ、あどけない少年少女の姿だった。

「でも何で絹花が、私たちの写真持ってるの?」

「これは、結季里姐さんが大事にしてたお写真やって、お母さんが」

 それを母から預かり久遠に渡そうと思っていながら、すっかり忘れてしまっていたと苦笑いしていた。

「久遠さんにとって市松は、ある意味、亡くなったお姉さんの代わりやったんやない? 思いがけない別れになってしもうた結季里姐さんと市松を重ねて見とる。うちにはそんな風に思えてならんのんよ。やから誰よりもお市を大切にしてる」

 手に取り見つめていた写真を絹花に返し、外に目を向ける。悠々とした空を見上げながら、改めてその存在の大きさを実感していた。

「どんな市松でも、久遠さんは今まで通りの彼で側にいてくれるんとちゃうかな? まぁ、それは男の人やからプライドもあるやろうし、狭山さんとは男同士の譲れへん部分っていうのもある思う。やけど結局のところ、久遠さんが最終的に求めてるんは、市松の幸せなんやないやろか?」

「だけど、それは『甘え』にもならない?」

「もうそんなん今更やわ。ええやん、甘えたって! 大体お市は人に頼らなすぎ。ここで一度くらい誰かにおんぶ、だっこしたってそれを咎める人はおらんわ。それに、人の気持ちはどうもならんでしょ? 市松が狭山さんを好きや言うんやったら、それでええやん!」

 それよりも自分のために遠慮をして私が不幸になることの方が、久遠とっては辛いことなのではないかと、絹花は言った。

「市松、幸せになり」

 綺麗に微笑む階の『花』に、背中をおされた気分だった。

 その帰り道のことだった。

「────⋯⋯嘘⋯⋯⋯⋯」

 呟いたまま、路上で固まる。姉からの電話に、スマホを持つ手が震えていた。

 頭が真っ白になり、時が止まったような感覚の原因は────久遠が事故に遭い、近くの病院に担ぎ込まれたという連絡からだった。

 急いでタクシーを拾うと、姉から聞いた病院に向かう。未だに震えの止まらない身体を落ち着かせるべく深呼吸。

 神様は、どこまでも意地悪だと思った。
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