消えた三日月を探して
「もう! 心配したんだから!!」

「だから痛いって! 叩くなっ!!」

 急いで駆けつけてみれば、可愛らしい看護師さんに手当を受けながら鼻の下を伸ばしている久遠を見つけて一安心。

 電話口での姉の慌てように、最悪の事態を想像しながら駆け込んだ病院だったが、本人は至って元気で驚いた。脳震盪を起こしていたものの、かすり傷程度で済んで良かったと担当医も苦笑い。けれど頭を打っているということもあり、大事をとって今日一日は入院することになった。

「一体、何やってたのよ!?」と入院着でベッドに横たわる久遠の隣で、彼の着ていた着物と袴を綺麗に畳み袋にしまう。事情を尋ねる私に「ちょっとしたアクシデントだ」と身を起こした。

 水を催促する彼は、着付け教室の帰りに自転車に乗り車道に突っ込んできた子供を助け、自分も頭を打ったのだとペットボトルのキャップを開ける。

「驚いたよ。気がついたら救急車の中だったんだから」

「私と同じこと言ってる。手足の擦り傷だけで済んだのが奇跡なくらいよ!」

「俺は強運なんだ」と自慢気に言う彼に、何か欲しいものはないかと尋ねる。ホッとしたらお腹が空いたとコンビニに行こうとする私を久遠が引き止めた。

 今のうちに話しておきたいことがあると言う彼に、嫌な予感がして逃げ腰になる。

「狭山に聞いた」と言う彼は、至極真剣な眼差しで私を見つめていた。

 窓の向こうは秋の夕暮れ。それはとても切なくて物悲しい一日の終わりだった。

「市松は今⋯⋯幸せ?」

 優しく気遣うような台詞が胸に響く。どう答えていいか分からず、彼から目を逸らしてしまった。

「今、その話しなくちゃだめ?」

「なら、いつならいいんだよ」

 言う彼は、座る様私を促す。

「有耶無耶にされたら、それこそ俺もケジメがつかないから。ズルズル思い続けるのも辛いし。俺には甘えてもいいんだけど? それを責めるやつはここにはいないよ」

 とても冷静な言葉だった。

「幸せかと聞かれれば、素直にそうとは言い切れない⋯⋯かな⋯⋯⋯⋯今は。けど、前向きでいたいと思う」

「市松らしいな」

「え?」

「俺に遠慮なんかしなくていいよ。どんなことがあろうと、お前が誰に惚れようと、俺はいつまでも市松の味方だから」

「⋯⋯久遠⋯⋯⋯⋯」

 彼の言葉に、何一つ綻びなどなかったのだと気がつく。悲劇のヒロインを気取っていた自分が、何とも滑稽だった。

「市松のこと、すっげぇ好きだった」と、どこか茶化したような投げやりな文句は、いつの間にか私の知ってる『友人』の顔をした彼から発せられていた。

「けどまぁ、相手が狭山なら⋯⋯諦めも⋯⋯⋯⋯やっぱつかねぇな」

 そうイタズラに笑う彼に、冗談か本気か分からないと困り顔。

「冗談だよ」と揶揄するような笑みに、今度はこちらが投げやりになってしまった。
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