消えた三日月を探して
「えっ⋯⋯俺も? モデルは間に合ってるだろ?」
「市松の相手役は俺が選ぶ」
「何だよ、それ」と笑いながら渡された着物を手に、もう一つの間仕切りの向こうに消えたのが外の音で分かった。
これは聡司の思いつきか? それとも⋯⋯と首を傾げていると、私に化粧を施しながら目が合ったメイクさんが、これは姉の持ってきたアイデアだと話してくれた。私の太夫姿を忘れられなかったという美咲は、自身の新作のパンフレットに私と久遠を使うことを突然思いついたのだと。
「あくまで、お前は市松の引き立て役だからな」
「分かってるよ!」
「だったら次いでに言っとくけど、『女』になるな!」
明らかに茶化している聡司に「そこまで空気読めないほどアホじゃない!」と、間仕切り越しに言い合いをしている男二人に笑いが止まらない。
久遠をそれなりに揶揄い、撮影が終了したモデルたちに「明日もよろしく」と挨拶がてら見送る聡司の声が聞こえる。そして去りゆく彼女たちに、「もし時間があるなら、撮影見ていく?」と余計な文句まで付け足していることに眉を寄せた。
「市松、いいよな?」と話をふられ、「いいじゃないですか!」とメイクの仕上がり具合を確認しながら言うそのスタッフさんにもうまく乗せられて。こうも簡単に納得させられてしまう私って⋯⋯やはり単純なのだなと、気持ち、落ち込んだ。
再び袖を通すことになった着物はあの黒い花丸紋。花魁スタイルの私の隣には、着流し姿の男らしい久遠の姿があった。
まるで江戸時代の遊女屋を彷彿とさせる赤を基調としたセットに、どこかぎこちない二人が並ぶ。
聡司からの注文はただ一つ「妖艶に」、ただそれだけだった。
一体どうしろというのか? しばらく考え久遠を見遣ると、胡座をかいた姿で右の片膝を立て男らしく構えるその姿が目に入る。ならばと思い切って彼の胸元にそっと身を預けてみれば、顎をクイッと持ち上げられ、熱い視線を送ってくる久遠と目が合った。
それはこの雰囲気のお陰か?
滅多に見ない女装男子の『男』の顔に、戸惑いながらもとにかく身を預ける。それに対し真剣な表情でカメラを向ける聡司は、やはりプロだった。
何の前触れもなくスタジオに引っ張り出されて、いきなりの撮影。そうして三十分ほどで出された「OK」に、何だか疲れたと肩を落とす。再び隠れた間仕切りの向こうでそそくさと着替えを済ませ、脱ぎ散らかした着物を手に二階の作業部屋へと足早に階段を駆け上がっていた。
全体を確認するべく袖を通した衣紋掛けには、その威厳ある存在感を放つその黒の花丸紋。黒く輝く美しきそのちりめん生地の袷長着は、いつまでも私を魅了してやまなかった。
「市松の相手役は俺が選ぶ」
「何だよ、それ」と笑いながら渡された着物を手に、もう一つの間仕切りの向こうに消えたのが外の音で分かった。
これは聡司の思いつきか? それとも⋯⋯と首を傾げていると、私に化粧を施しながら目が合ったメイクさんが、これは姉の持ってきたアイデアだと話してくれた。私の太夫姿を忘れられなかったという美咲は、自身の新作のパンフレットに私と久遠を使うことを突然思いついたのだと。
「あくまで、お前は市松の引き立て役だからな」
「分かってるよ!」
「だったら次いでに言っとくけど、『女』になるな!」
明らかに茶化している聡司に「そこまで空気読めないほどアホじゃない!」と、間仕切り越しに言い合いをしている男二人に笑いが止まらない。
久遠をそれなりに揶揄い、撮影が終了したモデルたちに「明日もよろしく」と挨拶がてら見送る聡司の声が聞こえる。そして去りゆく彼女たちに、「もし時間があるなら、撮影見ていく?」と余計な文句まで付け足していることに眉を寄せた。
「市松、いいよな?」と話をふられ、「いいじゃないですか!」とメイクの仕上がり具合を確認しながら言うそのスタッフさんにもうまく乗せられて。こうも簡単に納得させられてしまう私って⋯⋯やはり単純なのだなと、気持ち、落ち込んだ。
再び袖を通すことになった着物はあの黒い花丸紋。花魁スタイルの私の隣には、着流し姿の男らしい久遠の姿があった。
まるで江戸時代の遊女屋を彷彿とさせる赤を基調としたセットに、どこかぎこちない二人が並ぶ。
聡司からの注文はただ一つ「妖艶に」、ただそれだけだった。
一体どうしろというのか? しばらく考え久遠を見遣ると、胡座をかいた姿で右の片膝を立て男らしく構えるその姿が目に入る。ならばと思い切って彼の胸元にそっと身を預けてみれば、顎をクイッと持ち上げられ、熱い視線を送ってくる久遠と目が合った。
それはこの雰囲気のお陰か?
滅多に見ない女装男子の『男』の顔に、戸惑いながらもとにかく身を預ける。それに対し真剣な表情でカメラを向ける聡司は、やはりプロだった。
何の前触れもなくスタジオに引っ張り出されて、いきなりの撮影。そうして三十分ほどで出された「OK」に、何だか疲れたと肩を落とす。再び隠れた間仕切りの向こうでそそくさと着替えを済ませ、脱ぎ散らかした着物を手に二階の作業部屋へと足早に階段を駆け上がっていた。
全体を確認するべく袖を通した衣紋掛けには、その威厳ある存在感を放つその黒の花丸紋。黒く輝く美しきそのちりめん生地の袷長着は、いつまでも私を魅了してやまなかった。