消えた三日月を探して
 季節は冬を見送る。景色は美しく鮮やかに、春を迎えようとしていた。街のあちこちで鶯の澄んだ歌声が聞こえ、寒々とした風景が淡く優しい色に包まれる。

 それは、花洛が最も美しい映える季節。あちこちで桜が満開になり、花街も桜色に染まるのだ。

「あのさ、前々から思ってたんだけど、この街ってどうなってんの?」

 今や『花扇』は、私たちのたまり場と化していた。

 レジのカウンターで向き合う私と直哉さん。近くに置かれたパイプ椅子に腰掛ける久遠と聡司。

「綺麗な和雑貨店に目つきの悪い店主とか、どっからどうみても女にしか見えない男とか⋯⋯。お前、いつまで続けんの? その格好」

「あぁ? これがこの街での俺の制服なんだよ!」

「ほっとけ」と聡司を睨む彼は着物の襟を正し腕を組む。「まぁ、市松よりは久遠の方が女らしいな」という男に、こちらも負けじと「悪かったわね!」と手近にあったお手玉を投げつけた。

「痛い」と非難の声を上げる聡司に、「それ売り物」とこちらを冷たく見遣る直哉さん。

「請求は聡司にお願い」

「なんで俺が?」

「締めて、五百円にまけといてやるよ」とにこやかに電卓を叩く店主は、ふと何かを思い出したように聡司の名を呼んだ。

「そういやお前ら、桜撮り行くんじゃなかったの?」

 そうだったと立ち上がる彼は大きく背伸びをする。それにつられるよう久遠も「俺もそろそろ仕事だ」と、手鏡片手に唇に薄く紅をひいていた。

「⋯⋯口紅まで?」

 そう軽く引いている友人に、「俺、女子力高いから」と鏡をしまう。

「でも、心は健全な男子だからな。気をつけろよ」と聡司の肩を軽く叩き、私にウィンクひとつ投げかけ店を出ていく。

「久遠も諦め悪いみたいだな」

 楽しそうに笑う直哉さんに、こちらは項垂れる。

「その時は、受けて立つよ」

 余裕の笑みを浮かべ「行くよ」と強く手を引かれた。暖簾を潜りながら、こちらを見送る直哉さんに苦笑いで手を振る。普段は少し鋭い眼差しをしているが、笑うと下がる目じりに優しい笑顔が、私たちを見送ってくれていた。
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