消えた三日月を探して
暖かくなったとは言え、まだまだ冬の名残留める風景はどこか切なく郷愁を誘う。これからが見頃なソメイヨシノを見上げながら、並び歩く彼の存在をとても大きく感じていた。
桜の名所をあちこち周り、シャッターを切る聡司の表情は真剣そのもの。元々は風景写真を撮りたかったらしい彼は、気がつけばタウン誌の記者兼カメラマンになっていたのだと前に話してくれた。
「人物も魅力的だけど、こういう四季折々の花々っていうのも、心和むよな?」
自然の持つ美しさは何ものにも勝ると、橙に染まる空が包む街並みを少し寂しそうに見つめている。「夕焼けが名残惜しいね」と空を泳ぐ雲を目で追いながら呟く私に、「そうだな」と同調する声はとても優しかった。
「小春日和と桃色の桜。このグラデーションが、私は一番好き」
「俺も」
賛同する彼に、ふと思い出したことを話す。
「私、『あの時』の記憶が戻るまで『三日月』がイヤだった。嫌いなわけじゃないんだけど、何か⋯⋯怖くて。それでやっと分かったの。私にとって『三日月』は結季里姐さんだったんじゃないかな? って」
「それは市松が結季里さんのことを忘れてなかった証拠だよ」
俺のことはすっかり忘れてたのにと、嫌味を込め呟く。その一言が余計だと、綺麗な青空を見上げた。
「結季里姉さん怒ってないかな? 私のこと、許してくれるかな?」
「結季里さんが願ってるのは、市松と久遠の幸せだと思う。俺は久遠ほど結季里さんを知らないけど、彼女は久遠と同じくらい市松を大切に思ってたよ。俺の知る限りでは」
それは彼の精一杯の慰めだった。
「ありがとう」
それへ聡司に向けた言葉であり、結季里姉さんへの私の思いでもあった。
「そういえば、久遠に聞いたんだけど⋯⋯出版社辞めたってホント?」
「あぁ。これからはフリーでやってく」
「大丈夫なの?」
「どういう意味だよ?」
私の聞き方が悪かったようで少し語尾を強める彼に、悪い意味ではなく、不安はなかったのか? と改めて問い返した。
「心配ないよ。大金持ちでもないけど、お前一人食わしてくくらいの貯えは余裕にあるから」
「かっこいいこと言うじゃん。それってプロポーズ?」
冗談めかして聞けば、「そうだよ」と真顔の答え。