消えた三日月を探して
「どれも素敵なデザインですね。鮮やかで個性的なものも含めて、どれも魅力的です」

『斬新』だと言う言葉は、聞きようによっては皮肉に聞こえなくもなく。濃紺のスーツをピシッと着こなし一礼するその人は、「狭山瑞保(さやまみずほ)」と名乗った。とりあえず「ありがとうございます」と答える私の隣で「お久しぶりです」と返す久遠は、目の前の紳士と顔見知りの模様。

「九条美咲さん⋯⋯ではない……ですね?」

「はい、申し訳ございません。九条美咲は本日体調崩しまして、今日だけお休みを頂いております」

 そう居住まいを正し会釈をする。明日にはこの場に顔を出すであろうことを伝えると、後日改めて出直すと綺麗な笑顔で答えてくれた。

「美咲さんのご家族の方ですか?」

「あー⋯⋯妹です」

「なるほど」

 今この場にいるのが『私』だということに合点がいったらしいその人は、「和裁士さんなんですね」とこの手元を覗き込むよう腰を折り、まじまじと⋯⋯といった感じで眺めてくる。「はい」と言いつつ添える『一応』の一言に、弱気な自分が見え隠れしていた。

 折り曲げていた上半身を起こしその場に膝を着くその人は、徐に自身のジャケットの内ポケットから何かを取り出す。突然目の前に差し出されたものは彼の肩書きと、ある呉服店の名前が連ねられた名刺だった。

「『狭山堂(さやまどう)』⋯⋯さん?」

 どこかで聞いたような? 見たような? 老舗呉服店という他にもう一つ何かあったような、と記憶を手繰る。思い出せそうで思い出せなくて、それが何とも歯痒くかった。

「せっかくですから、あなたのお名前も教えて頂けませんか?」

 不意をつくような問いかけに、思わず「あー……」と品のない間抜けな声。慌てて居住まいを正し、「市松⋯⋯です。九条市松と申します」と軽く会釈を返した。

 俯くと垂れてくる前髪を左耳にかけ直し顔を上げると、結い上げた髪に挿した手製の藤下がりの簪が少し揺れる。

「珍しいお名前ですね」と予想通りの反応。「よく言われます」と、私にとっては毎回お馴染みのやり取りと笑顔が『さよなら』の代わりとなった。

「久遠、あの人と知り合いなの?」

 去っていく紳士の後ろ姿を見送りながらそう問えば、「あー、まぁ⋯⋯一応」と歯切れの悪い返事。別に私に隠すようなことか? と訝しげに見つめながら、幼なじみを問い詰めてやろうとしたその時、何やら騒がしくなる会場の外に意識が向いた。

「何かあったのかな?」

「さぁ⋯⋯トラブル?」

 気になったのか? 様子を窺いに会場を出て行った久遠だったがものの数秒でカムバック。「花嫁が逃げたらしい」と話すその向こう側では「いた?」「いない」のやり取りが幾つも聞こえ、なかなかの大事だと知った。
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