消えた三日月を探して
それは三度目の再会とでも言おうか? 私が一方的に覚えているだけなのだから、相手がこちらを「見た顔だ」と認識してくれる確率は極めて低い。しかし「一度目は偶然、二度目は必然、三度目は運命」なんて言葉を聞いたことがあるくらいで、彼とは何かしらの縁があるのではないか? と勝手ながら思うようになっていた。
消えない名残惜しさを噛み締めつつ、梅雨明けはまだかとまだ濡れたままの地面に目を遣る。
どことなく人を惹きつける魅力があるその青年の存在は、いつの間にかこの心の中に居場所を作っていたのだ。
軒先にかかるカラフルな暖簾に手をかけ天気を確認する直哉さんは、「話は変わるけどさ⋯⋯」と再び店内へと引っ込む。
「さっきお前の姉ちゃんが、バカでかいダンボールを何個も店に運び入れてたぞ」
「ダンボール? また何仕入れてきたんだろ? 常駐の和裁士って、私だけなんだよ。仕事入れすぎでしょ?」
今月分の仕事はめいっぱい貰っている。正直、貰いすぎて納品日に間に合うかどうか不安なほどだ。それに関係しているのかどうか分からないが、最近の姉は何かと慌ただしくて忙しそう。元々落ち着きのない人間ではあるが、ここ数日は特に店を空けることが多かった。そりゃあ体調も崩すよと、新たに舞い込んだらしい仕事に頭を抱える。
呉服屋と言うところは、そんなにも人の出入りが多い場所ではない。特に和服に縁のない若い人や興味のない人などは、近寄り難く思うことだろう。価格的にも手に取り難く、敷居が高いと感じる人も多いと聞く。けれど姉のお店はそういうことを一切とっぱらい、この『花扇』のように誰でも雑貨屋感覚で気軽に入ることのできる、凡そ『呉服屋』らしくない佇まいとなっていた。着物離れが進む昨今、そんな彼らにも興味を持って貰えたらと、特に若い女性をターゲットになるべくリーズナブルに『手にしやすい和服』を目標にこのお店を始めたらしい。
「一点物」や「高級感」を否定しているわけではないが、『和服』という日本の伝統を守りこれから先も引き継いで行くためには、決して手の届かないものであってはならない⋯⋯と私も思う。気軽に足を運べて手軽に楽しめる、そんな時代のニーズに合わせる柔軟性も、伝統という中では必要な材料なのではないかと感じていたのだ。
伝統を重んじる者の中には、それにそぐわない『椿姫屋』をよく思わない人たちも確かに存在する。しかし美咲はそんな批判をものともせず、我が道を突き進んでいるのだ。私のような『事なかれ主義』の人間から見れば、そんな姉の凛とした姿には強い憧れを感じていた。
この『椿姫屋』は私にとってもとても新しく、いい意味で異質であり特別な存在。今まで入ったことのない、「押し売り」感の全くない「呉服屋さん」だった。
消えない名残惜しさを噛み締めつつ、梅雨明けはまだかとまだ濡れたままの地面に目を遣る。
どことなく人を惹きつける魅力があるその青年の存在は、いつの間にかこの心の中に居場所を作っていたのだ。
軒先にかかるカラフルな暖簾に手をかけ天気を確認する直哉さんは、「話は変わるけどさ⋯⋯」と再び店内へと引っ込む。
「さっきお前の姉ちゃんが、バカでかいダンボールを何個も店に運び入れてたぞ」
「ダンボール? また何仕入れてきたんだろ? 常駐の和裁士って、私だけなんだよ。仕事入れすぎでしょ?」
今月分の仕事はめいっぱい貰っている。正直、貰いすぎて納品日に間に合うかどうか不安なほどだ。それに関係しているのかどうか分からないが、最近の姉は何かと慌ただしくて忙しそう。元々落ち着きのない人間ではあるが、ここ数日は特に店を空けることが多かった。そりゃあ体調も崩すよと、新たに舞い込んだらしい仕事に頭を抱える。
呉服屋と言うところは、そんなにも人の出入りが多い場所ではない。特に和服に縁のない若い人や興味のない人などは、近寄り難く思うことだろう。価格的にも手に取り難く、敷居が高いと感じる人も多いと聞く。けれど姉のお店はそういうことを一切とっぱらい、この『花扇』のように誰でも雑貨屋感覚で気軽に入ることのできる、凡そ『呉服屋』らしくない佇まいとなっていた。着物離れが進む昨今、そんな彼らにも興味を持って貰えたらと、特に若い女性をターゲットになるべくリーズナブルに『手にしやすい和服』を目標にこのお店を始めたらしい。
「一点物」や「高級感」を否定しているわけではないが、『和服』という日本の伝統を守りこれから先も引き継いで行くためには、決して手の届かないものであってはならない⋯⋯と私も思う。気軽に足を運べて手軽に楽しめる、そんな時代のニーズに合わせる柔軟性も、伝統という中では必要な材料なのではないかと感じていたのだ。
伝統を重んじる者の中には、それにそぐわない『椿姫屋』をよく思わない人たちも確かに存在する。しかし美咲はそんな批判をものともせず、我が道を突き進んでいるのだ。私のような『事なかれ主義』の人間から見れば、そんな姉の凛とした姿には強い憧れを感じていた。
この『椿姫屋』は私にとってもとても新しく、いい意味で異質であり特別な存在。今まで入ったことのない、「押し売り」感の全くない「呉服屋さん」だった。