消えた三日月を探して
「市松────!!」

 それは階下から聞こえる母の大声で幕を開けた。

「なんなのよ⋯⋯」

 ぶつぶつと呟きながら布団から身を起こせば、閉じられていた障子がそれはそれは豪快に開く。

 寝ぼけ眼を右手で擦りながら、ぼんやり「何?」と尋ねるが早いか、「美咲から電話」と家電の子機を目の前に差し出された。

 今何時? と見上げた時計は、その短針が午後三時を指している。無理やり受け取らされた子機の『切』ボタンをただひと押し通話を強制終了させると、驚くその人にその受話器を押し返した。

「ちょっ、あんた何してんの?」

 軽く非難の声をあげる母にそりゃそうだろなと思いつつも、そのまま背を向け横になる。今は何と言われようとも、とりあえず寝かせて欲しいのだ。

 心身共に疲弊しきっているにも関わらず、私の切なる思いは電話の相手には全く伝わってはいない。ほぼ間を置くことなく再び着信を告げる電話に、「何でよぉ」と嘆いていた。

「堪忍して出なさい。お姉ちゃんが諦め悪いのはあんたも知っとるやろ?」

「だからって、私徹夜明けなんだよ? もう少し寝かしてくれてもいいんじゃない。母さん適当な理由つけて電話切ってよ」

「甘えるんやないの! あんたにかかってきた電話でしょ?」

「ほら!」と言ってまたも渡される受話器を嫌々受け取る。しぶしぶその通話ボタンを押すと、「何の用ですか?」と不機嫌丸出しで電話に応えた。「ごめんねぇ」が全く悪びれた様子ではなく、申し訳なさを微塵も感じさせない姉に全身の力が抜けていく。

「先に携帯鳴らしたんだけど出なかったから、寝てるんだとは思ったんだけどさ」

「スマホはマナーモードです」

「通りで出てくれないわけね」

「聞こえてても出ないけどね」

 まだ覚醒しきれていない脳内は情報をすぐには処理しきれず、まだぼんやりとしている。とにかく要件は何かと欠伸一つ、「これから急遽打ち合わせよ」とルンルン気分で言われては「えー」という文句しか出てこない。ただただ唸るばかりの私をよそに「すぐ来てね!」と勢いよく言い放ち、彼女は一方的に通話を切った。

 不通音が鳴り続ける受話器を眺めたまま肩を落とす。「はいはい」と怒りも通り越し諦めしか残らない気持ちを引き摺ったまま身支度を整えると、バッグ片手に急いで部屋を後にした。
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