消えた三日月を探して
 入口の暖簾を潜り中に入ると、まだ開店前の店内は明るいながらも静まり返っていた。

 小物の置かれた陳列棚の脇を通り抜け、店の裏手に続く入り口の暖簾からその奥を覗くよう顔を出す。

「お姉ちゃん、いる?」

 声をかけるも返事がなく、今一度「いないの?」と呼びかければ、「こっちー」という明るい答えが耳に届く。奥からひょっこりと顔を出した美咲は、どうしたの? とマグカップ片手に現れた。

「また何か運び入れてたって、直哉さんに聞いた」

 今度はどんな仕事かと問いながら、入って右側にある座敷の隅に腰を下ろす。店の奥まった場所にあるこの部屋は、常駐の和裁士専用の仕立て部屋。けれど前任者が辞めてしまってからは、荷物置き場と化していた。お客様から預かったお直しの着物や仕立てを頼まれた反物などが八畳ほどある空間のあちこちに整然と保管されており、その数の多さに整理整頓、片付けにもなかなかことかいたものだ。

 今ではすっかり物も整理され、私仕様の仕事場となっている。

「ダンボールならそこにあるけど?」という美咲は、側にあった棚の上にマグカップを置き、奥から人ひとりくらいは入りそうな大きなダンボールを引っ張り出してきた。「これよ」とどこか得意気なその姿に眉を寄せる私を、とりあえずおいでと手招きする。「見て見て!」と弾む声で開けられたその箱の中には、いくつもの反物が隙間なく詰め込まれていた。

「何⋯⋯これ? すっごい数」

「新作」と簡潔に答える様に、もう少し詳しい説明はないのかと呆れる。箱の中の上の段にある反物を何反か手に取った姉は、それを畳に広げ始めた。

「うちはターゲットが若い女の子だから、必然的にモダン柄が多くなっちゃうでしょ? けど今回は敢えて古典柄を中心にデザインしてみたの」

「それで⋯⋯これ?」

「そうよ。だから⋯⋯市松、お願いね」

 語尾にハートマークが付きそうなくらいのテンションで小首を傾げる彼女に、「はぁ?」と目を見開く。

 何を言ってるんだと見上げるその顔つきが段々変わり、怪しく上がる口角に嫌な予感しかなかった。

「これ全部、あなたのお仕事です」

「やっぱり。これ何反あるの? 全部は無理だよ。他の仕立てもあるのに」

 大体、納期はいつになるのか?「やる」「やらない」の前に、「出来ない」可能性だってなくはない。

「全部を一度にとは言ってないわよ! 浴衣を何枚か今月中に、長着は十一月上旬までに仕上げてくれたら間に合うかな?」

「『間に合う』って何よ⋯⋯?」

 人の話も聞かないで奥に消えた姉は、今度は浴衣を三反、先ほど広げた長着の上に重ねて広げる。畳の上を流れるよう転がり広がる色鮮やかな文様は、オーソドックスなものでありながらもとても美しかった。
< 18 / 122 >

この作品をシェア

pagetop