消えた三日月を探して
 牡丹、芍薬、蝶や菖蒲などは、浴衣では古典的な柄とされている。故に人を選ばず、誰でも気軽に袖を通すことができるのだ。

「これからのスケジュールの調整はするし、今引き受けてる以外の仕立物も外部に発注できるものはそうするから」

 私の質問は完全にスルー。面と向かって投げかけた言葉も、マイペースすぎる姉の耳には届いていないようだった。

「だから、一体何事? 何に間に合わせようとしてんのよ? 今でも時間的にいっぱいいっぱいなんだよ?」

「そんなに怒んないでよ」

「怒ってないよ。何事かさっきから再三聞いてるの!」

 人の話を聞けと箱を指さす私にやっと話が噛み合った姉が、「雑誌の取材を受けることになったの!」と嬉しそうに語った。

「取材?」

「それも二社から」

 興奮気味の姉にそんな話初めて聞いたと、広げていた反物を巻き直すその隣にドカッと座る。性格的に清楚とはかけ離れている私の言動に、もっとお淑やかに! が口癖の美咲が何も言わない。それどころかハミングしながら楽しそうにしているのを見て、小さい頃置屋を継いで欲しいと言った母に「私はデザイナーとして有名になる人間なの!」と喧嘩腰に話していたのを思い出していた。

 あの頃から姉は根拠のない自信に溢れ、私とは違い失敗も恐れない勝気な性格だった。それは今も変わっていない。当時から違いがあるとすれば、マイペースさに拍車がかかったくらいだ。

 聞けば一つは有名なファッション雑誌で、もう一社は地元のタウン情報誌の取材。しかもその後者の方は『椿姫屋』の特集を組んでくれるらしく、通りで姉の気合いの入れようが違うわけだ。

「市松には確定してから伝えたかったの。それに今回は『狭山堂』さんとのコラボ企画もあってね。この辺りの花街をもっと盛り上げようってことで、太夫道中の計画も進んでるの。まだどんなふうになるのか、詳しいことは決まってはいないんだけど」

 時には異端だと心ない噂に胸を痛めた時期もあったらしいが、やっとこの街に少しだけでも認めてもらえたのだという実感と喜びがその笑顔に溢れていた。

「そう言えばお姉ちゃん、昨日その『狭山堂』さんが来てたよ。展示会」

「今朝会場に来てくれてた」

「その用件が『コラボ企画』?」

「そう。でも『狭山堂』って言えば老舗中の老舗でしょ? 扱ってる着物も有名な作家さんの作品ばかりだから、最初は遠慮したのよ。『狭山堂』のブランド自体に傷をつけたら、それこそシャレにならないし。でも社長さん直々に連絡があって、是非にって」

 楽しそうに語る彼女はそのままにしていた反物を再びダンボールにしまい、置いていたマグカップに手を伸ばす。「取り敢えずは、タウン誌の取材が先になるかな?」とひと口、口に含み飲み込むと「それで!」と言いながら私を指さした。
< 19 / 122 >

この作品をシェア

pagetop