消えた三日月を探して
 思い通りにならないのが世の常だ。それを成功まで導くプロセスが人生の醍醐味なのだろうけれど、何も成し遂げられず心折れてばかりの人間は、何を支えに日々を頑張ればいいのか。

 私には何もない────虚しさの塊だと自嘲気味に笑えば、「卑屈になったところで何も変わりはしない」と彼はその場で立ち上がった。

「出来ないヤツほど、愚痴が多いもんだけど⋯⋯君はどう?」

 痛いところを付かれ、見透かされているような気分になる。恥ずかしさと的を得ている言葉に、込み上げてくるものは僅かな苛立ち。

「しんどいとか苦しいとか、生きてれば楽しいことより辛いことの方が多いように感じるけど、苦しいのは前に進んでる証拠だよ。抜け出せなくなる時は誰にでもある。けど、そういう時間も人生には必要なんじゃない?」

「そうかもしれないけど⋯⋯」

「変化っていうのはさ、時には辛いし確かにめんどくさいよな。けど『嫌だ』『出来ない』って愚痴ってる暇があんだったら何かすればいい。何でもいいから、とにかく動けばいいんだよ。立ち止まってウダウダやってても埒が明かないだろ。自分自身の力で乗り越えないと、何も見つからない」

 初対面のクセにズケズケと言ってくれると、イライラが顔に出る。しかもそれが的外れどころか、その通りなものだから余計に釈然としなくて。かと言って性格上、顔には出ても思ったことを口には出来なかった。

「『ムカつく』って顔だな。牽制してんの? それとも顔に出るタイプ?」

 いちいち癪に障る男だと、下唇を噛み視線を逸らす。

「説教臭くて悪ィな。そう言う俺も、偉そうなことは言えないんだった」

 鼻から抜ける笑い声が彼自身を嘲笑っているようにも思えて。もしかすると彼も自分と同じよう、『今』に『迷い』を持っているのではないかと、影差す綺麗な横顔にそう感じていた。

「ま、大丈夫だよ」という何気ない一言は、今までの話の流れを断ち切るよう晴れやかで。その声質からか? 説得力に拭われた心の不安に、どこか肩の荷が降りたような気分になっていたのだ────きっと。

 上手く説明できない懐かしさが、言葉にできない涙を呼んでいた。

 全く見知らぬ赤の他人の、それも何気ない使い古された一言に、何故こんなにも救われたような気持ちになるのか?

 止めどなく流れる涙を素手で受け止めるには事足りず、尚も滴り落ちる雫にそっと差し出された木綿の感触がこの涙を拭ってくれていた。

 彼は何も言わず、ただ側に。

 何も言わず、何も聞かず。
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