消えた三日月を探して
「せっかくだからさぁ、久遠の手伝いしてあげてくれない?」と、すっかり冷めたらしいマグカップの中身に気を落としている。

「いつだったか言ってたじゃない? 着付けも仕事としてやってみたいって」

「いや、そうは言ってないでしょ? 一応免許は持ってるけど活躍の場はないねっていうだけの話! 勝手に人の発言捏造しないでよ。別にそこまでやりたいわけじゃないから」

「いい小遣い稼ぎにはなるって言ってたじゃない」

 余計なことはいちいち覚えているなと、言った覚えのある文句にはっきり否定できないのが悲しい。

「マンネリを心地よく感じちゃうんだもんねぇ、アンタは」

「そういう言い方やめてくれる? 変化を好まないだけです」

「だから、在り来りな毎日が幸せなんでしょ?」

「お姉ちゃん言い回しが、いちいちムカつくの!」

「だからって、今回は逃げられないからね」

 不敵な笑みをこぼす彼女に、「嫌よ」と言う言葉を用意する。されどもうこれは決定事項だという楽しそうな雰囲気が、なけなしのやる気をどんどんと奪っていった。

「無茶は言わないから」

「もうすでに言ってるんですケドね」

 こんなこと無茶ぶり以外のなにものでもない。

「今回は市松に活躍してもらいたいのよ。せっかく和裁士やる気になってくれたんだし、着付けの方は補佐役でもいいからさ。雇い主としての『命令』って言えば引き受けてくれる?」

「半ば強制ってわけね⋯⋯」

「こんなチャンス、そうないわよ? せっかくじゃないの、お願い」

 姉に対しては多少の恩は感じている。だからこそ無下にもできず、しぶしぶではあるが「はい」と頷いた。

 美咲は言う。せっかくの機会だから、着付け師と同様に和裁士という職業もアピールしたかったのだと。姉のその提案に地元のタウン誌が応えてくれたらしく、今回実現したそうだ。

 四丈(約十二メートル)前後の長い一枚の布を、着物の形に仕立てるのが和裁士の仕事。そういう人たちの存在も、もっと知ってもらいたかったのだと。

「ねぇ市松、この中から一反選んで」

 自分の好きな柄を選べと言う姉に、「何で?」と口にしながら手にした一反。豪華ながらも気品と美しさを兼ね備えた黒いちりめん生地の感触に、それがいいお品だと分かる。
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