消えた三日月を探して
 広げた反物にはまるで漆黒の闇夜に浮かぶ花明かりのように、桜、菖蒲、撫子、菊など、四季折々の花々で彩られた花丸紋が描かれていた。適当に選んだものだったが、ため息が零れるほど心を惹かれたその一反に魅了される。古典柄でありながらも『美咲らしさ』がそこかしこに散りばめられた、美しく素晴らしい作品だった。

「ここはお袖なんだけど、裾あたりはもっと豪華にしてあるの。それ、あんたにあげる。プレゼントよ」

「何で? 高価なものは受け取らないよ」

「いいの! 値段は言わないから、受け取って。それで少しはやる気でるでしょ?」

「物で釣るわけね?」

「恩を着せてるの」

「怖いオンナ」だと怯えてみせる私に、「今頃気づいたの?」と彼女も怪しく笑っていた。

「私にはね、『和裁』が市松の天職だと思えるの。だから、これから先も続けていって欲しい。時には自信をなくしたり、挫けそうになる時もあるかもしれないけど、辞めたらそこで終わりでしょ? 好きなことは諦めないで貫き通して」

 優しい声で言葉を紡ぐとき、それは姉の心からの言葉だと知っている。

「ありがとう」と伝え、受け取ったその一反を大事に胸に抱えた。

 そして、改めて思ったのだ。

 取り敢えず、やれるだけ頑張って見よう────と。

「まぁ、また詳しいことが決まったらその都度教えるから」

「分かった」

 例え一人だけであっても、自分を評価してくれる人がいると思えるだけで少しは自信になる。間接的にでも誰かに必要とされていることに、ようやく居場所を与えられたような気持ちになれた。

 喜びの反面、多少の不安もあるが、とりとめのない事柄ばかりを悶々と考えていても仕方がない。今日のところは納期の近いお直しを頑張ろうと気合を入れた。

「それと市松、花守町の『かわ乃』って置屋さん知ってるでしょ?」

「母さんと同期の芸妓さんが跡を継いだっていう⋯⋯あの?」

「そうそう、この間頼まれてた仕立て物を届けてきてくれない? 私が行ければよかったんだけど、これからまた会場に戻らないと行けないから。夕方のお座敷に間に合えばいいって言ってたからさ」

 こちらの返事も聞かないで「お願いね」との言葉を残し、優雅に自分の店を出て行く。その姿を見送りながら、今日、何度目か分からないため息を吐き出していた。
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