消えた三日月を探して
「その友達ってもしかして、女子の格好した男⋯⋯だったりします?」
「ん? ⋯⋯あぁ、そう⋯⋯。知ってんの?」
「ここら辺じゃ、ある意味有名人だから。たぶん⋯⋯知ってる人」
「あいつの知り合い?」
「幼馴染みです」
「そう」
短い会話は短い相槌で終わり、気まずい沈黙が流れる。
橙の輪郭が象る雲を目で追いながら、夕暮れ時になり若干気温の下がる野外に滲む汗が引っ込んだ。暑いのは正直嫌い。どちらかというと夏より冬の方が好きなのだ。暑く蒸せる季節よ早く過ぎ去れと、その彼を引き連れ歩き続けてものの数分、目的地である『かわ乃』と書かれてある赤い暖簾の前で共に歩みを止めた。
「ここら辺で、少し待ってて」
言うと彼をその場に残し引き戸を開け、「こんにちは」と控えめに声をかける。すると奥から現れた着物姿の女性が「ようこそ」と笑顔で出迎えてくれた。
「えーと⋯⋯これを、お届けに」
遅くなったこと、そしてここに来る途中に転んで落としてしまったことを正直に伝え、詫びながら恐る恐る差し出した風呂敷包み。もう一度、キズや汚れなどがないか確認をお願いするが、それを受け取る女将さんの笑顔が末恐ろしく目を逸らす。ところが意外にも「ありがとう」と言ってくれたその言葉に棘はなかった。
「わざわざすいません、急がしてしもうて。まぁどうぞ、お上がり下さい」
ここら辺の老舗は基本的に一見さんお断り。それも忙しくなる夕暮れ時の訪問者など、迷惑なことこの上ないはず。実家が置屋だからこそ、その内部事情はよく分かっているから、顔見知りでもない私を快く迎え入れてくれたことにことほか驚いていた。
「お昼に美咲さんから連絡がありまして、妹が代わりに伺いますので何卒よろしくお願いします⋯⋯と」
まぁそういうことだろうなと、大いに納得。そうでない限り、私なんか門前払いされていてもおかしくはない。
女将さんに案内され通された広い座敷では、今まさに数人の芸妓さんが身支度を整えている真っ最中だった。
「久遠さん、ふじ乃のお着物はここに」
着物ハンガーにその袖を通し誰かに声をかける女将さんの側では、余程嬉しいことがあったのか? それはそれは楽しそうにキャッキャッとはしゃいでいる舞妓さんたちの姿が。そんなあどけなさ残る姿に親近感を覚えた私とは違い、呆れた女将さんは堪りかねたかのように「静かにしなさい!」と激を飛ばしていた。
「やっぱりここにいた」
そう声に出せば、「あぁ?」と気の抜けだ返事。もはや見慣れたその格好も、こういう独特の雰囲気の中で見るとどこか新鮮味があった。
「ん? ⋯⋯あぁ、そう⋯⋯。知ってんの?」
「ここら辺じゃ、ある意味有名人だから。たぶん⋯⋯知ってる人」
「あいつの知り合い?」
「幼馴染みです」
「そう」
短い会話は短い相槌で終わり、気まずい沈黙が流れる。
橙の輪郭が象る雲を目で追いながら、夕暮れ時になり若干気温の下がる野外に滲む汗が引っ込んだ。暑いのは正直嫌い。どちらかというと夏より冬の方が好きなのだ。暑く蒸せる季節よ早く過ぎ去れと、その彼を引き連れ歩き続けてものの数分、目的地である『かわ乃』と書かれてある赤い暖簾の前で共に歩みを止めた。
「ここら辺で、少し待ってて」
言うと彼をその場に残し引き戸を開け、「こんにちは」と控えめに声をかける。すると奥から現れた着物姿の女性が「ようこそ」と笑顔で出迎えてくれた。
「えーと⋯⋯これを、お届けに」
遅くなったこと、そしてここに来る途中に転んで落としてしまったことを正直に伝え、詫びながら恐る恐る差し出した風呂敷包み。もう一度、キズや汚れなどがないか確認をお願いするが、それを受け取る女将さんの笑顔が末恐ろしく目を逸らす。ところが意外にも「ありがとう」と言ってくれたその言葉に棘はなかった。
「わざわざすいません、急がしてしもうて。まぁどうぞ、お上がり下さい」
ここら辺の老舗は基本的に一見さんお断り。それも忙しくなる夕暮れ時の訪問者など、迷惑なことこの上ないはず。実家が置屋だからこそ、その内部事情はよく分かっているから、顔見知りでもない私を快く迎え入れてくれたことにことほか驚いていた。
「お昼に美咲さんから連絡がありまして、妹が代わりに伺いますので何卒よろしくお願いします⋯⋯と」
まぁそういうことだろうなと、大いに納得。そうでない限り、私なんか門前払いされていてもおかしくはない。
女将さんに案内され通された広い座敷では、今まさに数人の芸妓さんが身支度を整えている真っ最中だった。
「久遠さん、ふじ乃のお着物はここに」
着物ハンガーにその袖を通し誰かに声をかける女将さんの側では、余程嬉しいことがあったのか? それはそれは楽しそうにキャッキャッとはしゃいでいる舞妓さんたちの姿が。そんなあどけなさ残る姿に親近感を覚えた私とは違い、呆れた女将さんは堪りかねたかのように「静かにしなさい!」と激を飛ばしていた。
「やっぱりここにいた」
そう声に出せば、「あぁ?」と気の抜けだ返事。もはや見慣れたその格好も、こういう独特の雰囲気の中で見るとどこか新鮮味があった。