消えた三日月を探して
もともと男衆文化のない花守町では、舞妓や芸妓の着付けも置屋の女将さんがする。けれどこの日、女将さんのは腕を痛めたとのことで、急遽、階の男衆に着付けを依頼したそうだ。それが久遠だったのだ。
「あんたの友達が外で待ってるよ」と仕事中の彼の背中に声をかければ、「え? マジ!?」と時間の感覚を失っていたと慌てている。
「ここで最後だから、もうちょっとだってアイツに言っといてくんない?」
「頼む」と言われ、取り敢えずはそれをそのまま外で待っているその人に伝える。自分の用件は済んだのだから帰ってもよかったのだが、「後で一緒に帰ろうぜ」とキュートな顔してウィンクなんぞをかまされては拒否など出来なかった。
そうして仕事に戻る彼を眺めながら、私の側に寄る女将さんが「お知り合いやったんですか?」と尋ねてくる。
「幼馴染みです」
男らしく仕事をする久遠を眺めながら話をすれば、何かを思い出したかのような女将さんが「そう言えば⋯⋯」と私をまじまじと見つめてきた。
「久遠さんにはお姉さんがおられましたでしょう? 確か⋯⋯結季里さん、言うたかな?」
「そう⋯⋯でしたっけ⋯⋯?」
そんな記憶は全くなかった。
久遠の口からも姉がいたなんて話、聞いたこともなかったくらいだ。
「えぇ、四年ほどになるんやろか? 確か、事故か何かでお亡くなりになっ────」
「────女将さん!!」
言葉に言葉をかぶせるよう食い気味のその文句は、怒鳴り声に近く突然に。私も名を呼ばれた当の本人も、果てはその場の雰囲気までが静まり返る。あまりにものその気迫は本人にも予想外だったようで、「いや、あの⋯⋯」と途端に口ごもっていた。
会話が聞こえていたのか、「その話はしないでもらえますか?」と今度は控えめに声のトーンを落とすから、言われた女将さんはさらにどこか気まずそうで。「堪忍な」と眉を下げ私と久遠を交互に見遣りながら謝るその姿に、こちらもどこかいたたまれなくなった。
その後、すぐ様立ち直ったかのように周りの世話をやく女将さんと、手慣れた手つきで長い帯を締めていく友人。部屋の雰囲気も元に戻り、相変わらず賑やかになるその場で佇んだまま、彼のその仕事振りをぼんやりと眺めていた。
白粉の華やかな香りが鼻腔をくすぐるそこは、女ばかりの独特な世界。故に基本的には男子禁制とされている。そんな中、その奥への出入りを唯一許されている男たちが、芸舞妓を美しく着飾るプロフェッショナル────男衆と呼ばれる存在なのだ。
その彼が例え女装男子だとしても、女顔負けのイケメンとくれば先程から彼女たちが騒いでいたのも頷ける。花街を彩る彼女たちも、その衣装を脱いでしまえば年頃の女の子。目の前に素敵な男性が現れれば、キャッキャ、キャッキャと騒ぎたくもなるだろう。はしたないと女将さんに叱られても尚楽しそうに笑い合う元気で可愛らしいその姿に、気持ちは分かると大いに共感しながらも、「お姉さんがいたんだ⋯⋯」と呟くそれは、無意識の心の声だった。
「あんたの友達が外で待ってるよ」と仕事中の彼の背中に声をかければ、「え? マジ!?」と時間の感覚を失っていたと慌てている。
「ここで最後だから、もうちょっとだってアイツに言っといてくんない?」
「頼む」と言われ、取り敢えずはそれをそのまま外で待っているその人に伝える。自分の用件は済んだのだから帰ってもよかったのだが、「後で一緒に帰ろうぜ」とキュートな顔してウィンクなんぞをかまされては拒否など出来なかった。
そうして仕事に戻る彼を眺めながら、私の側に寄る女将さんが「お知り合いやったんですか?」と尋ねてくる。
「幼馴染みです」
男らしく仕事をする久遠を眺めながら話をすれば、何かを思い出したかのような女将さんが「そう言えば⋯⋯」と私をまじまじと見つめてきた。
「久遠さんにはお姉さんがおられましたでしょう? 確か⋯⋯結季里さん、言うたかな?」
「そう⋯⋯でしたっけ⋯⋯?」
そんな記憶は全くなかった。
久遠の口からも姉がいたなんて話、聞いたこともなかったくらいだ。
「えぇ、四年ほどになるんやろか? 確か、事故か何かでお亡くなりになっ────」
「────女将さん!!」
言葉に言葉をかぶせるよう食い気味のその文句は、怒鳴り声に近く突然に。私も名を呼ばれた当の本人も、果てはその場の雰囲気までが静まり返る。あまりにものその気迫は本人にも予想外だったようで、「いや、あの⋯⋯」と途端に口ごもっていた。
会話が聞こえていたのか、「その話はしないでもらえますか?」と今度は控えめに声のトーンを落とすから、言われた女将さんはさらにどこか気まずそうで。「堪忍な」と眉を下げ私と久遠を交互に見遣りながら謝るその姿に、こちらもどこかいたたまれなくなった。
その後、すぐ様立ち直ったかのように周りの世話をやく女将さんと、手慣れた手つきで長い帯を締めていく友人。部屋の雰囲気も元に戻り、相変わらず賑やかになるその場で佇んだまま、彼のその仕事振りをぼんやりと眺めていた。
白粉の華やかな香りが鼻腔をくすぐるそこは、女ばかりの独特な世界。故に基本的には男子禁制とされている。そんな中、その奥への出入りを唯一許されている男たちが、芸舞妓を美しく着飾るプロフェッショナル────男衆と呼ばれる存在なのだ。
その彼が例え女装男子だとしても、女顔負けのイケメンとくれば先程から彼女たちが騒いでいたのも頷ける。花街を彩る彼女たちも、その衣装を脱いでしまえば年頃の女の子。目の前に素敵な男性が現れれば、キャッキャ、キャッキャと騒ぎたくもなるだろう。はしたないと女将さんに叱られても尚楽しそうに笑い合う元気で可愛らしいその姿に、気持ちは分かると大いに共感しながらも、「お姉さんがいたんだ⋯⋯」と呟くそれは、無意識の心の声だった。